必死剣 鳥刺し  
2012.09.13.Thu / 11:09 
「ネタバレ」あり。ご注意願います。






組織に切り捨てられた男の哀しみを描いた映画かもしれない。
そして、切り捨てられた男の最後の意地を描いた映画のようにも思える、

しかし、この映画から感じるのは、
死に場所を探して死にきれなかった、しかし、
生きたいと願った時には、生きることが出来なかった男の悲劇。
けれど、その悲劇は、彼自身が死に場所を求めて下した行為による結果なのだろう。

死ぬことの難しさ、生き抜くことの難しさ。
ままならない人生の悲哀が印象的な映画。


細やかに創られた様式美。
ラスト15分の殺陣の迫力。
特に静と動の迫力を魅せてくれた二人、豊川さんと吉川さんはすばらしい。
それらも見事な映画。





妻に死なれ自らの死に場所を求めていた男、兼見三左エ門。
悪政の元凶である、藩主の側室を殺害すれば、
死に華を咲かせることが出来るはずであった。
しかし、死ぬことはできなかった、兼見。
「兼見様はなぜ、連子様を殺められたのか。」
噂によれば、連子は、わがままな女性だったのかもしれない。
自らの欲望のため、多くの人を間接的とはいえ、犠牲にしてきたのかもしれない。
けれど、本当に殺めてもいい人だったのか?
彼女を慕い、亡くなった事で悲しむ人もいるのだ。
そんな人を自分の判断だけで殺してよかったのだろうか?
死んでいれば考えなくてすんだ事。
けれど、生き残ってしまったが故に、
兼見は、そんなことを考えざるをえなくなってしまったように見える。
来客を拒み、領内をさまよう兼見からは、そんな事を感じる。

謹慎も解かれ近習頭取に大抜擢された、兼見。
しかし、それは藩主と家老による謀略。
藩政を良くしたいと考えた者同士、しかし、
斬り合わなければならなくなってしまった。

そして、死闘の末に処分されてしまう兼見。
最後に家老に一撃を与えたとはいえ、
それは、とても後味が悪い悲劇的な幕切れ。


「おぬしのやったことが本当に報われたかどうかは疑問だが。」
善意で決行した殺害。しかし、何かが変わったのか?
実は領内は、なにも変わっていなかった。
そして、藩政も変わらなかったのではないのだろうか。
悪政は、なにも連子一人が悪かったわけではない。
連子の言うがままに藩政を動かした藩主。
それを止める事もしなかった家老。
そんな全てが悪かったのだ。
しかし、自らの死に場所の為に、連子を殺めた兼見。
最後には生きたいと思っていたはずだ。
しかし、死んでしまったのは自らが決めて実施した行為故、と感じたのは、
厳しい見方なのだろうか?


「これは、正気のさたではござりませんぞ。」
志が同じである二人が殺しあわなければならない非情さ。
そして兼見は、すでに人が死んでも世の中が変わらないことを理解している。
そして命の重みをも理解できている。
だから戦いには意味が無い、避けなければならない。
そんなことを悟っていても、
侍として主君を守らなければならない。
そんな悲痛な叫びが聞こえてくるような殺陣。


必死剣を最初は死んでしまった後に放つ剣、と理解していたが、
どのようにすればそれを習得できるのか、
披露できない技なのに噂になるのはなぜか、と謎が多い。
そうではなくて、鳥を刺す時に、自らの気配を鳥に悟らせないために、
死に近い状態に心身を保つことができる技、と理解すれば納得もいく。
そして人間同士の戦いでは、その技は、死に逝く時にしか使い道が無いのだろう。


死にたいと願った時には死ねず、
生きたいと願った時には、殺されてしまう。
死に場所を求めた時に、自らの命、他人の命の重さに想いが至れば、
このような悲劇にはならなかったのかもしれない。
死ぬことの難しさ、生き抜くことの難しさ。
ままならない人生の悲哀が印象的な映画。
* テーマ:映画感想 - ジャンル:映画 *
No.1024 / タイトル は行 /  comments(0)  /  trackbacks(0) /  PAGE TOP△ 拍手する
COMMENT TO THIS ENTRY

  非公開コメント
TRACKBACK TO THIS ENTRY

ご注意

ブログ内検索

全ての記事を表示する

プロフィール

ヤン

銀河英雄伝説名言録



present by 田中芳樹:徳間書店「銀河英雄伝説」

フリーエリア

FC2カウンター

フリーエリア

ブロとも申請フォーム

フリーエリア

CopyRight 2006 Heaven of the Cinema All rights reserved.