戦艦ポチョムキン  
2012.12.06.Thu / 20:38 
「ネタバレ」あり。ご注意願います。






画面から圧倒的な迫力で感じられる怒り、哀しみ、そして歓喜。
映画とはこんなにも雄弁に人の感情を語ることができ、
そして、見ている者をも、その感情の渦に巻き込むことが出来るのか。

この映画は、モンタージュ技法が駆使されているといわれている。
それらは確かに効果的だ。
しかし、それ以上に感じたことは、
この監督が人の心を如何にすれば動かすことが出来るかを熟知しているということ。
何を見せれば人は怒り、哀しみ、そして喜ぶのか。
それらをとても上手に利用している。
肉から湧き出るうじ虫。
沸騰したスープと怒りで心が沸騰した兵士たち。
群集たちの叫び。振りかざす拳。
横一列に並んだ兵士たちの一斉掃射。
撃たれ踏みつけられる子供と、それを見る母親の表情。
この映画では言わずもがなの乳母車。
そして、ラストの歓喜。

冒頭での反乱は多くの犠牲者を出した。
そして理不尽な市民の犠牲をも出してしまった。
けれど、最後の革命では、お互いの志を理解し合流した兵士たち。
力で勝ち取るのではない。
暴力で押さえ込むのでもない。
これこそが真の勝利であると語りかけているように感じられる。

映画はプロパガンタが目的で作成されたが、
それでも、今日まで讃えられているのは、映像表現の迫力故であろう。
圧倒的な迫力を持った映画。




戦艦ポチョムキンで起こった反乱。
それは、人さじのスープが発端。
遠くから映し出された肉は、モノクロの映像の為か、ごく普通に見える。
けれど、突如として映し出された肉のクローズアップ、
そして、肉から湧き出るうじ虫。
これはかなり衝撃的であり、その衝撃を演出した緩急さが素晴らしい。

怒りが我慢の限界にまで達している兵士たち。
そして、煮込まれ沸騰しているスープ。
これらの対比も見事。

反乱の混沌とした様。
怒りに任せ数少ない上官を海に追い落とす兵士たち。
それは当然の成り行きなのかもしれない。
けれど、惨事を前に、神をおそれよ、と祈った従軍牧師でさえ、
暴力の被害者になってしまう。
まさに、救いが無い修羅場。


犠牲となった兵士を囲む住民たち。
最初は悲しみと哀悼の思いであった。
けれど、それが、段々と怒りに変わってゆく。
叫び、罵り、両手を振り翳す住民たち。


映画史上最も有名な6分間と呼ばれる、オデッサの階段シーン。
横一線に並んだ兵士たちの有無を言わせない掃射。
支配者が住民たちの命をなんとも思っていないことが一目で分かる演出。
母親からはぐれて、撃たれ踏まれる子供。
しかし、それを誰も助けない、助ける余裕すらない。
なすすべなく見つめる母親の表情の悲痛さ。
やっとの思いで子供を抱えた母親の悲痛な叫び。
しかし、それは無視され虐殺は続けられてしまう。その残酷さ、非情さ。
あてどもなく、動き続ける、支える人もない乳母車。
それは、民衆たちの一寸先をも知れない運命を象徴している。
そして、会話を試みた人々の願いも無残に打ち砕かれる。
それはまさに地獄の様子であり、
このようなことが当時、様々な場所で行われたことが容易に想像できてしまう。


ポチョムキンを討伐するための艦隊がやって来る。
戦闘になれば、また多くの人の命が失われてしまうだろう。
そして、それは同胞同士の殺し合い。
だから誰もが引き金を引くのを迷う。戦闘になって欲しくはないと願う。
兵士たちの緊迫した表情。
けれど、悲劇はぎりぎりのところで回避される。
それは、人々の平和への願いが勝利した瞬間なのだろう。


この映画はプロパガンタが目的で作成されたとのことである。
けれど、主義主張、思想的な背景は語られてはいない。
支配者たちの非道さ、民衆や兵士たちの支配者に対する怒り、そして平和への願い。
サイレント映画ではあるが、それらが十二分に伝わってくる。
圧倒的な迫力を持った映画。

* テーマ:映画感想 - ジャンル:映画 *
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