汽車はふたたび故郷へ  
2013.07.23.Tue / 20:42 
「ネタバレ」あり。ご注意願います。






さまざまな困難に直面し、
しかし、自身を曲げず、
2本の映画を完成させた青年。
しかし、その結果は対照的。

上映禁止となったものの、ある程度の評価を得た前作。
同じように自身が編集したにもかかわらず、
観客からはそっぽを向かれてしまった二作目。

映画とは、とても複雑なものだ。
私的な創作芸術であり、様々な人が関係する総合芸術でもあり、
予算や締め切りやスケジュールが存在する工業製品的な性質をも持つ。

自身を貫いて作ったはずだった。
しかし、観客に受け入れられなかった映画。
それでも青年は自身を貫き続けるだろう。
故郷に帰って出直すことによって。

この映画の原題は、「Chantrapas」。
「役立たず」や「除外された人」という意味らしい。
果たして映画監督とは役立たずな者なのか?

最後には湖に消えていった青年。
それは絶望のあまりの現実逃避なのか。
それとも未来に対する希望なのか。

映画監督の救われない性が印象的な映画。




映画監督である、ニコ。
映画を製作する仲間たちには、
とても慕われているように見える青年。
映画を自由に取りたい。
しかし、様々な制限が邪魔をする。
スケジュールに追われ編集をする権利を取り上げられたものの、
仲間に助けられて自らの映画創りを完成させる。
しかし、その映画は公開禁止となってしまう。

公開禁止を下した人々は、
なにも好きで彼の作品を公開禁止にしたかったわけではない。
その真意を認めている。けれど公開は許されない。

国を出ることを決めたニコ。
自分が好きな映画作成が、この国ではできないから、
というよりも、なんだか、
複雑な政治背景や政党の都合のように見える。
そして、そんな複雑なものから、ニコは、
逃げ出したかったようにも思える。


フランスに来ても映画を作り続けたニコ。
ここは自由な国のはずだった。
しかし、映画は私的な創造物でもあり、企業の生産物だ。
だから、様々な制限がニコの邪魔をする。
それでも自身を貫き完成させた映画。
しかし、それはフランスの観客には受け入れられなかった。

いくら自分自身を貫いて創っても、
他人に受け入れられる場合もあれば、
受け入れられない時もある。
それは観客に依存するのかもしれない。


それでも自身の描きたい事を貫かなければ良い映画は出来ない。
周りに流されて創ったとしても意味が無い。
自分が描きたい事を描く、
そこに映画監督を勤める意味があるのだろう。
しかし、それには戦わなければならない様々な制限がある。
予算や締め切り、表現の制限、
観客や興行収入、そして、社会的意義。
果たして自分の想いだけで、
映画を作ってしまってもいいものなのか?
それでも思い通りに映画を創りたいのだろう。


最後には湖に消えていった青年。
それは絶望のあまりの現実逃避なのか。
それとも未来に対する希望なのか。

この映画の邦題は、汽車はふたたび故郷へ。
挫折を味わった青年監督が、
故郷から再出発を果たすことを意味していると思いたい。

映画監督の救われない性が印象的な映画。
* テーマ:映画感想 - ジャンル:映画 *
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