羅生門  
2014.03.06.Thu / 15:46 
「ネタバレ」あり。ご注意願います。






殺害されてしまった侍。
その状況を語る4人。
しかし、それぞれの語る物語には、嘘が混じっている。

人は自分が信じたいことならば簡単に信じることが出来る。
それは自己防衛であり、自己欺瞞でもある。

人が死んでしまったにもかかわらず、
自分を良く見せたいという人のエゴ。
しかし、最後に男は自らの弱さと戦うことを決めたのだろう。
人のエゴと、それでも人はやり直せるという、かすかな希望。
そんな人というものの不思議さが印象的な映画。



映画全体から感じられるおどろおどろしさ。
そして、それぞれの役者の迫力ある表情がすばらしい。
特に、京マチ子さんの一途さ、艶っぽさと怪しさ。
女性の持つであろう、様々な側面を表情だけで表現してしまう。
そして、白黒映画であるが故に、余計にその表情が映える。
この映画の構成もさることながら、
京マチ子さんの演技故に、この映画が名作として後世に残っている。
そんな様にも感じられる映画。




欲に目がくらみ殺されてしまった侍。
その殺害現場に居合わせた人々。
そして彼らが語る殺害状況。
しかし、それらは大きく食い違う。
なぜなら、それらの物語には嘘が含まれているから。
語る人物の願望を考え合わせれば、彼らの嘘も、
分かるように感じられる。
多襄丸は、自分を勇猛果敢で、
盗賊でありながら義侠心に溢れた男に見せたかったのだろう。
侍を本当に殺したくは無かった、と弁明し、
女の色香をことさらに強調したのは、
自分が無益な殺生は好まないということを示したかったであろうし、
侍の武勇を褒めたのも、それが自分の武勇に繋がるからであろう。


女は、自分を悲劇のヒロインとして見せたかったのだろう。
無理やり手篭めにされ、しかも、夫からは軽視に満ちた眼差し。
夫以外の男性に抱かれて喜びを感じたとか、
男を憎む心を自分が持っていることなどは、
隠したかったに違いない。


侍も自分を悲劇の主人公に仕立て上げたかったのだろう。
妻に裏切られて無念のうちに死んでいった。
事の発端は欲に目が眩み、多襄丸に騙された自分が悪い。
けれど、それを隠す為に妻の不貞を強調し、
寝取られたのは自分が悪いわけではなく妻が悪いとしたかったのだろう。


杣売は自分を善人だと思いたかったのだろう。
彼らが救い難き嘘つきであり、偽善者であった。
だから短刀を奪われても仕方なかったと思いたかったのだろう。


人は自分が信じたいことならば簡単に信じることが出来る。
頭の中で願望を思い浮かべ反芻するうちに、
もしかしたら彼らは、
それが真実であったと錯覚してしまったのかもしれない。
そして、現実を直視できるほど人は強くは無い。
自分を良い人間だと信じたいのは自己防衛故なのだろう。


最後に捨てられた赤ん坊を育てることを決めた杣売。
子供を育てるということは大変なことだ。
そして赤ん坊を見るたびに短刀のことも思い出すに違いない。
それは、杣売もわかっていることなのだろう。
それでも、自分と自分の罪に向き合うことを決めたのだろう。


弱さ故に自分を飾り立てる。
しかし罪に向き合おうと強くなる。
そんな人というものの不思議さが印象的な映画。
* テーマ:映画感想 - ジャンル:映画 *
No.1167 / タイトル ら行 /  comments(0)  /  trackbacks(0) /  PAGE TOP△ 拍手する
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