ふがいない僕は空を見た  
2014.08.14.Thu / 11:25 
「ネタバレ」あり。ご注意願います。






自らの過ちを受け入れた青年。
団地から脱け出す努力を始めた青年。
悲惨な自分の境遇から目を背ける事を止めた女性。

僕たちは、僕たちの人生を、本当に自分で選んだのか。
それは、とても難しい命題。
生まれ育った環境、それまでの生きてきた人生。
それらが、自身の主体的な選択の邪魔する。
けれど、自身の人生を選ぶことは、それでも可能なのだろう。
たとえ、狭い選択肢の中から、
選ばざるを得なかった選択であっても、
自身がそれを受け入れることで、
自分の選んだ人生になっていくのだろう。

ふがいないと自身の人生を悲観していた人達。
けれど、最後には、それを受け入れ、生きていく。
そんな彼らの生き方が光輝く映画。




高校生の卓巳。主婦である、あんず。
コミケで知り合った二人は不倫という関係になってしまう。
最初の印象ではヤりたい青年と時間と寂しさをもて余す主婦が、
まさに、ふがいない関係を続けているように見える。
実際、最初はそうだったのかもしれない。
しかし、最後には変わってくる。
本気で、お互いのことが好きになってしまう二人。
そして、あんずが、現実から逃避してしまうのも、
無理からぬことと分かってくる。
けれど、不倫は許されない。
別れなければならない二人。

卓巳が学校に行けなくなったのは、
自分達の画像とビデオが、ばらまかれたからだけではないのだろう。
本気で愛し始めた人が遠くに去ってしまった。
それが、たまらなく辛かったからなのだろう。



卓巳の友人であるはずの良太。
なぜ、母親は自分を生んでしまったのか?
自分が置かれている境遇が憎い。
自分とは違った、恵まれた境遇にいる奴が憎い。
だから、そんな奴らからは施しは受けない。

良太は卓巳に友情は感じているのだろう。
一対一の人間として向き合えば、彼は友人だ。
けれど、彼は自分とは違う、恵まれている男。
そんな意識が良太の感情を複雑にしている。

人から差しのべられた救い。
それはとても有り難いもの。
そして知る、救いを差し伸べる者は、その者が恵まれているからではない。
その人の人生も自分では如何ともし難い悲惨さを抱えている。
だからこそ、他人に対して優しくなれるのだろう。
卓巳の母親が作った弁当は美味しかった。
空腹だからだけではない。母親の愛情が込められているから。
母親もまた、悲惨な環境で育った者の心情を理解できるから。



僕たちは、僕たちの人生を、本当に自分で選んだのか?
生まれた環境、育ってきた人生。それらは人生の選択を狭める。
しかし、それらを受け入れることで、
それは自分の人生に成っていくのだろう。

団地で生まれたことを受け入れ、
そこから脱け出す努力を始めた良太。

あんずを愛したのは自分の選択。
だから別れることになっても、
卑猥な画像をばら蒔かれることになっても、
それは自分の選んだ人生。
すべてを受け入れて学校に通い始める卓巳。

駅から一人旅立つ、あんず。
離婚したからなのか、アメリカに旅立つ為なのか。
映画からだけでは分らない。
けれど、何かを吹っ切ったような表情から、
あんずも、また、自分の人生を生きていくことを受け入れたのだろう。

ふがいないと自身の人生を悲観していた人達。
けれど、最後には、それを受け入れ、生きていく。
そんな彼らの生き方が光輝く映画。
* テーマ:映画感想 - ジャンル:映画 *
No.1212 / タイトル は行 /  comments(0)  /  trackbacks(0) /  PAGE TOP△ 拍手する
COMMENT TO THIS ENTRY

  非公開コメント
TRACKBACK TO THIS ENTRY

ご注意

ブログ内検索

全ての記事を表示する

プロフィール

ヤン

銀河英雄伝説名言録



present by 田中芳樹:徳間書店「銀河英雄伝説」

フリーエリア

FC2カウンター

フリーエリア

ブロとも申請フォーム

フリーエリア

CopyRight 2006 Heaven of the Cinema All rights reserved.