K-19  
2003.12.19.Fri / 22:24 
「ネタバレ」あり。ご注意願います。

冷戦の犠牲者の映画であり、
人を動かすためのリーダーシップについて描いている映画
であるとも思いました。

劇中、ハリソン・フォード扮するボストリコフ艦長は、
この映画で犠牲となった人々を、英雄と呼びました。
確かに彼らは英雄かもしれません。
しかし、同時に彼らは冷戦の犠牲者であることは、
間違いないでしょう。
無理矢理な軍拡競争に巻き込まれ、欠陥を抱えた潜水艦に乗せられ、
備品も満足にそろっていない状況で、
困難な任務をこなさなければならない。
これでは、事故を起こすなというのが無理な話です。
今までは命令でのみ、人を動かしていたボストリコフ艦長でしたが、
最後の重要な命令では、部下に頼みます。
今までは、「却下」という類の言葉のみで意思表示をしていた艦長が、
初めて自分の考えや苦悩を部下に語ります。
そして、いままでは、艦長をも含めて、上の命令どおりに動いていた人々が、
自分の考えで行動します。
危険が目の前にあるにもかかわらず、行動できるというのは、
自分で考えて決めたからだということが良く分かります。
それは、当然、最初は修理にしり込みしていた原子炉担当士官ヴァディム
にも当てはまります。
そして、艦長は、マイク越しではなく、自分の肉声で感謝の意を伝えます。

下の事情を省みず、部下の実情に耳を傾けない、
国の威信のみで判断を下していた上層部とは大きな違いです。

そういう意味では、死んでいった人々だけではなく、
上の命令どおりに動くことに慣らされていた乗務員全体が、被害者なのでしょう。

確かにアメリカが作ったソビエト批判の映画ととることも可能でしょうが、
人を動かすことのつらさ、動いてもらうことの大変さをも
描いている映画だと思いました。


ただ、この映画は結構分かりにくい映画のような気もします。
このような潜水艦映画や戦争映画を見慣れている人にとっては、
特にそうなのではないかと、思えます。
タイプの違う艦長が登場すると、どちらかが優秀でどちらかがそうでない。
あるいは、どちらかが善人で、どちらかが悪人であると
先入観を持って見てしまいがちです。
しかし、この映画では、どちらにも欠点があり、長所もあるような気がします。
特にハリソン・フォード演じるボストリコフ艦長は、
最初から、少なくとも悪人ではないように感じました。
単に理解されにくい人物ではないかと思えます。
彼を悪人と思っていた人は、突然彼がいい人になることに
戸惑いを感じたのではないかと思います。
しかし、実は彼は最初から善人であり、艦長という立場と、
説明を伴わない命令が彼を悪人のように感じさせてしまっているのではないか、
そんな気がしました。
* テーマ:映画館で観た映画 - ジャンル:映画 *
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