裁かれるは善人のみ  
2016.03.10.Thu / 19:26 
「ネタバレ」あり。ご注意願います。






罪を犯しても、それを罪とも思わない男。
罪を犯し、その罪ゆえに苦しむ女。

罪を犯しても、罪とも思わない男の前には、
全てが無力。

狡猾さを持ち合わせない男は無実の罪に貶められ、
武力を持ち合わせない男は、暴力により屈服させられる。
神の言葉も、神父の教えも、彼の心には届かない。

罪に苦しんだ者が不幸な結末を迎え、
罪を罪とも思わない者が幸福を得る。

この世界にはよくある事なのかもしれない。
神の御心は人間には理解しがたく、
だから不条理を感じてしまうのかもしれない。

皆が自分の欲求に従って勝って気ままに振舞えば、
平和と秩序は守れない。
だから政治家は必要なのだろう。

けれど、この現実は許されるのだろうか?
不条理な世界に打ちのめされてしまう映画。




ロシアの片田舎で平和に暮らしているコーリャ。
短気だが家族と自分の住む土地を深く愛している男。
しかし、悪徳市長の為に立ち退きを余儀なくされている。
コーリャの昔の部下で弁護士であるディーマ。

市長の秘密を掴むことができたディーマ。
これで市長に勝てるはずだった。
しかし、コーリャの妻とディーマの不倫が、
事態を思わぬ方向に進めてしまう。

コーリャは妻の不倫を許したが、息子は許すことが出来なかった。
自分が幸せだった家庭を壊してしまった。
その罪の意識により自殺してしまうコーリャの妻。
しかし、それを利用してコーリャを罠に嵌める市長。


この映画には純粋に善人と思われる人は数えるほどしか居ない。
どちらかといえば、
罪を犯してしまい、罪の意識に苦しむ人々と、
罪を罪とも思わない人間が登場する。

教会に通っているはずの市長。
けれど、神の言葉も神父の教えも彼の心には響かない。
保身、蓄財、権力者への賄賂。
そんなことしか頭にない。

逆に、この映画で苦しんでいる人々は教会には通っていないようだ。
神の教えがあれば死なずに済んだのだろうか?


罪を犯したものが罰せられ、
善行を重ねたものが幸せになれるはず。
しかし、世界はそうではない。
それでは神の真理とはなんなのだろうか?
神の御心は人間には理解しがたく、
だから不条理を感じてしまうのだろうか?


この映画の原題はリヴァイアサン。
それは、臣民から自然権を譲渡された国家のこと。
確かに人々が勝って気ままに自らの欲求に従って振舞えば、
平和と秩序は保つことは出来ない。
けれど、一部の人間に権力が集中することは、
この映画のような事件をもたらしてしまう。


映画では明示的には示されないが、
きっと、コーリャは冤罪だ。
市長の指示にによって警察に証拠を捏造されたのだろう。
そしてディーマが勝ち取った補償金も払われないであろう。

この世界は不条理に満ちている。
そんな不条理な世界に打ちのめされてしまう映画。
* テーマ:映画感想 - ジャンル:映画 *
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