トキワ荘の青春   
2016.08.04.Thu / 13:20 
「ネタバレ」あり。ご注意願います。






青春とは残酷だ。
青春時代に同じ道を志し、
惜しみなく努力を続けても、
その道に残れる者の数は少ない。
多くの者は去らざるを得ない。

それは才能の差によるものだけではない。
偶然にも出会えた人々、その人たちから受ける影響。
時代の流れ、人々の嗜好の変化。
本人とは無関係に決まってしまう場合が少なくは無い。

自らの才能で道を切り開いた者。
運よく、その道に残れた者。
時代に愛された者。
しかし、
人々の嗜好に拒否された者。
そして、あえて流行に融合しようとはしなかった者。

けれど、
去っていった者が必ずしも敗者というわけではないのだろう。


とても静かな映画。
だからこそ、青春の残酷さが際立つ。
そして、そんな人々に注がれる、この映画の優しい眼差し。
そんな優しさが心地よく感じられる映画。




自分が本当にやりたい事を見つけて、
その道を志す事が許されるということは、
非常に幸運なことなのだろう。
多くの人々は周りの理解も得られず、夢を諦め、
世間から堅実と思われる人生を歩まざるを得ない。

しかし、その道を志せたからといって、
生き残れるわけではない。
自分のやりたいことが世間の流行に拒否されてしまえば、
その道を変えるか、去るしかない。

この映画で描かれている石森章太郎、藤子不二雄は、
自分たちの描きたいマンガが世間に受け入れられた幸運な例なのだろう。
この映画で描かれている彼らの生活が修羅場のようであったとしても、
彼らは幸運なのだろう。

最初は自分の進みたい道を見つけることが出来なかった赤塚不二夫。
けれど、周りのアドバイスに従い、マンガを描き続け、
遂に自分の描きたい事を見つける。
そして、連載を勝ち取る。


しかし、去らざるを得ない人々もいる。

編集者に認めてもらえず、マンガ道を去らざるを得なかった森安直哉。
自身のマンガは古いと認識しつつも、
時代が求める過激なマンガを描くことが出来なかった寺田ヒロオ。


最初は皆で囲んでいたはずのテーブル。けれど、
仕事が忙しい人が次から次へと酒宴から抜けてゆく。
最後に残されたのは寺田と森安。
これは、とても残酷なシーンだ。


けれど、
去っていった者が必ずしも敗者というわけではない。

映画のラストで背番号0をつけた少年が寺田にボールを拾ってもらう。
その少年が礼儀正しくお礼を言う。
寺田が大切に描き続けたことが少年に伝わったからこその、礼儀正しさ、なのだろう。
寺田は、その道から去らざるを得なかったとはいえ、
しかし、目指したものには到達できていたのだ。

映画の冒頭、描かれるのは寺田ヒロオの仕事ぶり。
姿勢をただし、机に向かう姿から、
彼のマンガへの思いが伝わってくる。
正に職人が持つ緊張感が画面から伝わってくる。


淡々と進むストーリー。
とても静かな映画。
だからこそ、青春の残酷さが際立つ。
そして、そんな人々に注がれる、この映画の優しい眼差し。
そんな優しさが心地よく感じられる映画。
* テーマ:映画感想 - ジャンル:映画 *
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