千年女優  
2004.02.28.Sat / 22:01 
「ネタバレ」あり。ご注意願います。

ある女優のインタビューを見た時の話です。
彼女が、怒る演技をするために精神を集中しようとしたところ、
メーク係が、彼女の目にくしを刺しそうになったり、
また、照明係の手際が悪く、撮影が10分延期となったりと、
とても集中できる環境でなくなったそうです。
彼女は心の中で、
「冗談じゃない、怒る演技は集中力がとても必要なのよ。どうしてくれるの!!
 、、、、、あっ、今私は怒ってるじゃない!!」
ということで、無事に撮影に臨めたばかりか、
自分の演技も一皮むけたのだそうです。

こんな例を持ち出す必要もないのですが、
この映画では、鍵の君に恋した千代子が、
その思いを映画にぶつけることで、女優への道を歩み始めます。
会えなければ会えないほどに募る思いを、映画で表現することで、
彼女は名女優の地位を得たようです。
そういう意味で、
この映画の中で千代子の映画と現実とが交じり合うのは、必然なのでしょう。
そして、求めても会えなく、会えなければ会えないほどに募る想いの中で、
いつしか、彼女の中では、手段が目的にすり代わってしまいます。
「14日目の月が好きだ」
この言葉どおり、望みが成就するよりも、
その一歩手前の、追いかけるという状態に幸せを感じているのです。


ここからは、まったく私の解釈で、
なぜ、そう感じたのかを説明するのも難しいのですが、
彼女の中で、手段が目的に変わったと同じように、
実在したはずの鍵の君は、究極の映画という存在にとって変わり、
一番大事なものを開ける鍵は、彼女が作り出す映画にと、
変わっていったような気がしてなりませんでした。

100%満足できる映画を作り、観客に届けることができたのなら、、、
女優は、その時点で燃え尽きてしまうことでしょう。
しかし、100%満足のいく究極の映画など、存在するはずもありません。
分かっていても求めてしまう、女優という悲しい性(さが)。

彼女にそんな呪いを掛けた老婆は、彼女自身なのかもしれませんが、
私には、「撮影所にくすぶっている女優達の魂の集まり」
つまり、女優という性(さが)そのもの、のような気がしてなりませんでした。
そんな老婆が、究極の映画などには一生巡り会えないことを承知で、
千代子を女優の道に誘い、最後には女優としての引導を渡す、、、

しかし、彼女はあの世でも究極の映画に巡り会うことを夢見て旅立ちます。
巡り会えることは出来ないと分かっていても、
求めることに喜びを見出しながら、、、
女優というのは、そんな生き物なのかもしれません。

* テーマ:映画感想 - ジャンル:映画 *
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