ドッグヴィル  
2004.04.21.Wed / 16:55 
「ネタバレ」あり。ご注意願います。

人はどのようにして
導かれればよいのか
やはり 、人間は救くわれない生き物なのか
滅ぼされるしかないのだろうか

よく人は罰や脅しにより他人を指導、教育します。
しかし、そんな方法は人間性を否定するだけのようです。
この映画のグレースは、脅され、心を支配され、
人々の奴隷に成り下がってしまいました。
人を導くのに罰や脅しといった方法では、
同じことが起こるのではないのでしょうか?
しかし、すべてを許せば、
自らの際限のない欲求を満たすため、
そして、卑怯にも自分のみを守るため、
人はとことんまで、落ちてゆくのでしょう。
それは、人はとても弱い生き物だからです。

最後のグレース親子の会話は神々の会話のように思われました。
そして、ドックヴィルは、もしかしたら彼ら神々の実験場なのかもしれません。
あの、映画としては特異なセットも、私にはそう感じられました。
父親は、罰と脅しで人を導こうとし、傲慢であると娘に非難されました。
しかし、娘は慈愛を持ってすべてを許そうとした結果、
人々は落ちるところまで落ちてしまったのです。
つまり、神々の父親と娘の救済は、いずれも失敗したのです。

一番傲慢なのは誰なのでしょうか。
きまりを強要する事も、罰することも、裁くことも、そして許すことさえも、
すべては傲慢のなせる業なのでしょうか?
結局は、自分と他人との関係とは、
たとえ、自分が相手を見下しているとか、
脅迫し縛り付けているという意識がないとしても、
自らの傲慢の上に成り立っているのかもしれない、、、、

最後に、自分勝手で救いがたい人間という生き物に
神の最後の審判が下されてしまいました。
それは、復讐という感情から発せられたのではなく、
グレースが学習した結果、彼女自身が得た結論。
そして、彼女が自身の傲慢さを認め、
その道を歩もうとした結果のように私には思われました。
自分と他人との関係は、やはり自らの傲慢の上に成り立っていると、、、

それでも私は信じたい。
他に救うべき方法があるのではないかと。
そう考えてしまう私も、やはり傲慢なのでしょうか?
* テーマ:映画感想 - ジャンル:映画 *
No.166 / タイトル た行 /  comments(2)  /  trackbacks(1) /  PAGE TOP△ 拍手する
COMMENT TO THIS ENTRY
- from YAN -

やっぱり、ヤンさんもこれを観てましたか。

最後のほうで父娘が「傲慢」について話し合ってましたね。
(ちょっと眠気が入っていたあたりで・・・(^_^;)
確かに罰する事も許す事も、上から目線なので
傲慢と言えるのかもしれませんね。

それで最後の審判のつもりで全てを抹殺するなんて納得できませんでした。
彼女は神ではないんだし。
それこそ一番の傲慢に思えました。
これを肯定したら、アメリカがやっている殺戮まで
肯定する事になりそうでいやですね・・・

2009.07.06.Mon / 15:28 / [ EDIT ] / PAGE TOP△
- from ヤン -

YANさん、こんばんわ。

 確かに、罰も赦しも上から目線であり、傲慢なのでしょうね。そして、あたかも自分の所有物がごとく扱い、そして、自分より劣った人々であるかのごとく振舞うのは、たとえ赦しの行為であっても傲慢なのでしょうね。
 なんとも救われない映画でした。
 それにしても、ポール・ベタニーもニコール・キッドマンも、よくこんなすさまじい映画に出演したな、と感じてしまいました。

 それじゃ、また。

2009.07.06.Mon / 22:36 / [ EDIT ] / PAGE TOP△

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