スイミング・プール 

「ネタバレ」あり。ご注意願います。

終わった後、なんだか悲しくなった映画でした。

この映画にはいろいろな解釈があると思います。

ひとつには、ジュリーがサラの願望を込めた妄想というものです。
願望というよりは、サラ自身を新しい世界に導く存在かもしれません。
この映画ではジュリーの経験を、同じ画面構成を使って、
サラが後追いしていくシーンが多く見られます。
それが、この解釈を成り立たせている一因です。

冒頭で、サラは煮詰まっています。そして、何かを欲していました。
金や名誉、意欲的な仕事、、しかし、それらはすべて否定されます。
作家として、秩序正しく生活している自分は、本当の自分ではない。
今の堅実な行き方を変えて自由奔放に生きたい。
そんな思いがあったのかもしれません。

しかも、願望といえども、サラは微妙にジュリーとの間に距離を保っています。
そして、願望であるはずのサラは、容姿は別として、完璧とは程遠い存在です。
それは、逆に、今の現実の自分を肯定することなのでしょう。
この破滅的願望との微妙な距離のとり方が毒々しい。

そして、すべてはサラの創造での出来事。
決して彼女が人生を変えたわけではありません。
自分の都合のよい様に創造して作り上げた架空の世界。
その、なんともいえない悲しい性。
女性としても、創作家としても、、、



しかし、別な解釈もあります。
ジュリーの母親は、サラをモデルにしたものという解釈です。
昔あったジョンとサラとの、いろいろないきさつがベースになり、
この小説が書かれているというものです。
映画では明確に述べられていませんが、ジュリーの母親には、
昔何かがあったようです。
それこそが、サラの過去の秘密なのかも知れません。

この解釈では、
この小説自身がジョンに対する復讐の意味が込められているのでしょうし、
また、サラが自らの過去を振り返ることで、逆に過去から開放されたのかもしれません。


多分どちらも正しくて、でも正しくないような気がします。
そして、このような解釈を超えたところに、
この映画の異様な迫力はあるのかもしれません。


最初は、あんなに反発していたサラとジュリーですが、
ジョンという男を、女と娘という立場は違えど、
愛し、そして裏切られたという経験でのみ、お互いの根本を理解しあい、
最後には秘密を共有してしまう、、、
なにか、女性って、
どこかでつながっているんじゃないかと思わずにはいられない、
連帯感や共鳴と言うには、あまりに陳腐すぎる、二人のきづな。

そのあたりが、この映画の異様な迫力なのかもしれません。
それが、なんだかとても悲しくなった映画でした。

コメント

こんにちは!

ヤンさんは2パターンも解釈を考え付いたんですね。すごいな。
最初のほうの説に、私の考えは似てるかもしれません。

私は、ジュリーはサラの小説の主人公だと思いました。
自分の願望ではあるけど、創作の登場人物でもあるから、
ヤンさんも書いている通り、
微妙に距離を保って客観的にも見られるし、
自分の思うように描ける存在でもあるんですよね。
だから、わざとカッコ良くない男を相手にもってきて
『ただ若いからって、そうは好きにできないわよ』的な、
嫉妬も見せているところが、私はおかしかったですね〜

ヤンさんには悲しく映ったようですが、
私には、女のいやらしさや強さや立ち直りの早さが
上手く描けているなあと感じました。

本当に異様な迫力があって、それに引き込まれました!

面白いと感じたところが、、

YANさん、こんにちは。
 YANさんが面白いと感じたところが、多分、私には悲しく感じられたところなのかもしれません。若さに憧れているくせに、嫉妬もして、おとしめている。それは今の自分を肯定するためなのでしょうね。そのあたりが悲しくなってしまった原因です。もしかしたら、男性と女性とでは印象が違うのかもしれませんね。
 オゾン監督は、ものすごく女性のことを理解している監督のような気がします。そんな監督の理解力がこの映画の異様な迫力を作っているような気がします。

 それじゃ、また。

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  • [2008/07/23 16:32]
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