春夏秋冬そして春  
2005.12.01.Thu / 22:15 
「ネタバレ」あり。ご注意願います。




美しい自然とともに、人の業を描いた映画。



表面的には、命の大切さを描いたパートかもしれません。
しかし、最後の小坊主の慟哭には、
人が、人生において、初めて業という存在に出会った、
最初の瞬間を描きたかったように思えます。

粗末に扱い、初めて知った命の尊さ。
しかし、人は、知る知らないにかかわらず、
生きていくうえで、他の生命を搾取しながら、生きています。
搾取しなければ、生きてはいけません。
命の尊さを知るということは、同時に、
日々、自分が背負わされている業の深さを知るということ。
自然は自分と同じく生きている。
そして、日々、その尊い命を搾取している。
そんなことを初めて知った驚きと戸惑い。
小坊主の最後の慟哭は、
まさに、業というものの存在に気づいた最初の瞬間だったのでしょう。

少女と出会う、少年になった小坊主。
異性との出会いに、恋愛に目覚め、そして、肉欲に目覚めます。
してはいけないこと。でも、せずにはいられないこと。
自分の欲求を抑えることができない少年。
そして、ついにはお寺を飛び出す少年。
和尚は、その先にどんな悲劇があるのかを知っているにもかかわらず、
なすすべなく、見守ることしか出来ませんでした。


立派な青年になって、寺に戻ってきた少年。
自らの執着を抑えることが出来ず、殺人を犯してしまいます。
怒りと憎しみ、そして絶望の果てに、
死を選ぼうとしますが、死にきれません。
まだ、彼の人生においては、
死を迎える準備も出来てはいないのでしょう。
般若心経を彫り、その疲労の果てに、
やっと、青年は自分の人生を、業の深さを見つめる準備ができたのでしょう。
つまり、彼は初めて修行のスタート位置に着くことが出来たのです。

和尚は、すべてを悟っていました。
青年が、自分の人生において、過ちを犯すであろうことを。
しかし、止めることは出来ませんでした。
自分の無力に、そして、業というものの奥深さに、絶望し、死を選びます。
そして、和尚には、すでに死を受け入れる準備が出来ていました。
果てしない修行の末にたどり着いたのは、
自らは救えても、他人は救うことが出来ないという、哀しい真実。
世の中のすべてに心を閉ざし、死を選びます。


青年は、立派な大人となり、寺に再び帰ってきます。
そして修行を開始します。
彼を訪れる女性。
顔を隠しているのは、自分がしようとしていることの、
罪の深さを知っているからなのでしょう。
しかし、彼女にとって、それは、せずには生きられないこと。
苦渋の選択の末、罪を犯し、しかし、すぐに死んでしまう女性。
その、なんともいえない皮肉。

修行の果てに、男は自分の生きている世界を達観できたのでしょう。
山から見下ろす寺の風景は、彼の生きてきた世界であり、
人生そのものをあらわしているように感じました。
そして、すべての生き物は業を背負っていることも。

そして、春
人生は変われども、繰り返される業の輪廻。

繰り返される過ちと、その果ての悟り。
たとえ、年月を重ね、人生を悟っても、
他の人が陥る過ちを、見守ることしか出来ない自分の無力さ。

とてもシンプルな構成の中に、
業というものの奥深さを、描いた映画。
* テーマ:映画感想 - ジャンル:映画 *
No.338 / タイトル さ行 /  comments(0)  /  trackbacks(1) /  PAGE TOP△ 拍手する
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原題:Spring, Summer, Fall, Winter... and Spring欲望、執着、・・・そして殺人、業深い男の、少年から壮年が、激しく季節になぞらえて綴られる。奥深い山間の湖に浮かぶ山紫水明の寺・・・。 季節は春、和尚と暮らす幼い少年がある日、小動物を虐待して薄ら笑いを浮かべ
2005.12.02.Fri .No24 / 茸茶の想い ∞ ~祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり~ / PAGE TOP△

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