マルホランド・ドライブ 

「ネタバレ」あり。ご注意願います。





難解な映画です。
「意味ありげなシーン」「意味ありげな登場人物」「意味ありげなオブジェ」
それらが、なにも解説されず、最後にはストーリーまでもが突然の飛躍をはじめる、、、
私には、この映画が「ピュアなラブストーリー」のように感じましたが、
一方で「この監督の映画に対する複雑な愛情」を表現しているようにも感じました。

それでは、まず、「ピュアなラブストーリー」を説明します。

"マルホランド・ドライブ"とは、
ロサンゼルス北部の山を横断する実在の通りの名前だそうです。
曲がりくねった暗く危険な道。この映画の構成そのもののような気がします。
この曲がりくねった道を、そのまま車で走れば、我々は道に迷うかもしれませんし、
奈落のそこに転落してしまうかもしれません。
しかし、視点を変えて上から見下ろせば、、、道に迷うこともありません。

細部にこだわらず、この映画のストーリーを、
道を上から見下ろすように、説明するとこうなります。
説明に際して「突然の飛躍」を境に、前半と後半を分けます。

前半
ジルバ大会で優勝したベティが、トロントから女優を目指すべく、
叔母の助けによってロスに上京する。
理想的な部屋に滞在し、オーディションの結果も理想的な結果。
しかし、オーディションの後に紹介された映画現場では、
実力とは関係ないところで主演女優が決まっていく。
さらに、「記憶喪失の女性」とかかわることにより、
腐乱死体を発見し、同性愛に陥っていく。

後半:
ジルバ大会で優勝したダイアンは、トロントから女優を目指すべく、
叔母の助けによってロスに上京する。
しかし、現実は厳しく、かろうじて端役をコネでもらうのがやっとの状態。
同棲相手にも裏切られ、復習を実行するも、
彼女への愛情に苦しみ、やがて自殺してしまう。

前半が象徴しているのは、「希望」「夢」であり、サクセスストーリーの始まりです。
後半が象徴しているのは、「失意」「失恋」であり、転落した者の話です。

しかし、前半においても「転落」への徴候は見て取れます。
「同性愛」「主演女優の決定」等。
つまりは、成功への階段を上りつつ、しかし、
それは壊れやすい不安定な状況であることがいえます。
「同性愛」は、ベティが望んで始めたことかもしれませんが、
映画全体からすれば、破滅への発端です。

そして、後半は、裏切られた者が持つ複雑な愛情。
ナオミ・ワッツの演技力がとてもすばらしい。
摩れてつかれきった、あの表情。
彼女の夢が無残にも砕け散っていることを示しています。
また、例の自慰のシーン。
愛情、憎悪、後悔、絶望、、、
さまざまな感情が一度にあふれていてすさまじいものがありました。

まとめると、次のようになります。
女優の夢を目指して上京した少女が、夢にも恋にも破れ、復讐に走るも、
それらへの愛情の深さにより身を滅ぼす。
となります。

ここでの「ピュアな愛情」の対象は直接的には、カミーラでしょう。
しかし、対象としては「自分の夢」であると思います。

マルホランド・ドライブとは、人生そのものであり、いつ迷うのか、いつ転落するのか、
そして転落し、愛情の深さゆえに身を滅ぼす。なんとも悲しい話です。

しかし、私にはもうひとつの解釈があります。
というか、この映画は二重の構造を持っているのではないかと思います。

映画を作製するときの監督の精神、映画に対する思い、、、
そのような感情が、この映画には表現されているのではないのでしょうか?

前半は、映画を作成するまでの気持ちです。
ここでは、いろいろな人に期待され、持ち上げられてはいますが、
心には「失敗の不安」がくすぶっています。
「ウィンキース」の裏には、何があるのか?
それは「異世界」「超常世界」であり、われわれの理解を超えているものなのでしょう。
問題は、そのような世界がなんなのか、ということではなく、
そのような世界を妄想し、自分たちの世界や人生に、なんらかの悪影響を与えるであろう、
と思ってしまう感覚にあると思います。

そして、「主役の決定」ですが、
自分の作品の成功が、自分のあずかり知らぬところ、
「カウボーイ」に代表される、裏でハリウッドを仕切る魑魅魍魎たちに
ゆだねられていることの恐れを示しているのでは、と感じました。

「クラブ・シレンシオ」は、映画館であり、
この時点で映画が完成され、公開されるわけです。
このクラブでの女優の歌は、ベティの心情を表しており、
それゆえベティの心をつかみ、感動させ、彼女は泣くわけですが、
一方でこの歌は、「録音されたもの」「まやかし」であるとも言っています。
監督の映画に対する複雑な感情がうかがい知れるとは思えないでしょうか?

「青い鍵」は映画の失敗を象徴しており、
「青い箱」はパンドラの箱のようなもので、
「作品に対する酷評」が詰まっているのではないのでしょうか?
同姓愛によって転落をいざなうカミーラが、失敗を持ち運んでいるのは象徴的であるし、
青い箱を映画館から持ち帰るのも象徴的です。
そして、「映画の失敗」により「酷評」を受けます。

酷評を受けてからのストーリーの展開が、急激に混乱をきたすのは
監督の精神状態が混乱していることを表しているのではないのでしょうか?

「笑顔で無邪気な老人」は、観客なのでしょう。
監督にとっての観客とは、「笑顔」で作品を酷評する存在です。
彼らは、「異世界」からやってくる(としか監督には思えない)のでしょう。
しかも、扉を閉めても、空気のようにやってきます(そのように感じている)。

最後に、失意のうちに監督をやめようとします。
しかし、それでもハリウッドは動き続けます。
(最後に出てくる、シレンシオの女優がそれを意味してます。)


と、まあ、上記はこのように解釈できるという一例です。
他のにも解釈はいくらでもありますし、上記の解釈でも説明がつかないこともあります。
しかし、この映画のいかがわしさや異様さを説明できる解釈には、
残念ながら出会っていません。
「監督の映画に対する複雑な愛情」とすれば、
この異様さも理解できるのではないのでしょうか?

マルホランド・ドライブ@映画生活

コメント

こんにちは

ヤンさん、またお邪魔します。
映画作品がたくさんあるので、少しずつ読ませてもらっています。

この作品は、本当にいろいろ解釈できるものですね〜
ヤンさんの、監督の映画に対する複雑な感情という説も、
なるほどなあ〜とうなずけるものがありました。

それにしても、この難解な作品を、よくまとめて解説できますね!
すごい分析力と文章力ですね!

私などは、まだあと1〜2回は観てみないと、
筋道を立てて、文章を書けそうにないです。
いや、何度観ても混乱するばかりで、書けないんじゃないかな。

この混乱が快感だったりするんですけどね。

お邪魔でなければ、また訪問させてくださいね。

いろいろな解釈が、、

こんばんわ。

YANさんの過分なお褒めの言葉、ありがとうございます。(でも、なんだか恥ずかしいですよ。)

 たしかに、この映画には、いろいろな解釈があります。多分、わざといろいろに解釈できるように作成されているのでしょうね。
 それを、ひとつの見方にこだわらず、さまざまな角度から、時には混乱しつつも、あれやこれやと、考えるのも、映画を見る上での楽しみの一つですね。そういう意味ではこの映画はスルメのように何度も鑑賞して味わう映画かもしれません。


それじゃ、また。

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://yan2005.blog10.fc2.com/tb.php/38-954d119d

マルホランド・ドライブ

監督:デヴィッド・リンチ           製作:2001年アメリカ 出演:*ナオミ・ワッツ *ローラ・エレナ・ハリング *メリッサ・ジョージ わたしのあたまはどう...

  • [2007/10/10 17:58]
  • URL |
  • Rocking Chair Blog |
  • TOP ▲

【無料映画】マルホランド・ドライブ 「主語を見つける為の動詞だけの断片」

難解と言うのは答えが有るから難解という訳で、この映画は立方体のルービック・キューブでは無く、平面のジグソー・パズル。本体のパズルから、わざわざ数枚のピースを抜いておいて...

マルホランド・ドライブ

★★★★  田舎町のジルバ大会をトリミングした、オープニングシーンが面白い。ちょっと太めの女の子がシャカリキになって踊りまくる。飛んだり跳ねたり、逆さまに飛びついたり、パンツが見えそうで見えない。 このポジティブなダサさが、これから始まるネガティブな本編に

  • [2008/03/20 21:49]
  • URL |
  • ケントのたそがれ劇場 |
  • TOP ▲

マルホランド・ドライブ(2001) 〜伏線なんて気にしないわ

 意味わからん、というデヴィッド・リンチがここで、'''ギア入りました〜〜〜!!'''となった本作。'''「インランド・エンパイア」'''はもっとわからないらしい、どこまで行くか、逆に楽しみです。  で...

  • [2008/03/28 11:13]
  • URL |
  • EncycRopIdia 〜漫画・映画・書評・グルメなどなど |
  • TOP ▲