ミリオンダラー・ベイビー  
2006.06.08.Thu / 22:19 
「ネタバレ」あり。ご注意願います。




二人の老練な男優が醸し出す人生観が、味わい深い映画。
重たいラストなのだけれど、不思議と私には重たくはない、
ハッピーエンドにも近い、やすらぎにも似た印象をもった映画。
そして、イーストウッド監督の、静かに見つめる手腕が光る映画。


冒頭語られるのは、
ボクサーという人種の悲しい性。
いつも逆のことをしてしまう。
頑固で、自らの意思を曲げることはない。
自分を守ることが第一であるはずなのに、
夢のため、自分の安全を超えて、自分の半生を犠牲にしてしまう。

人の生き方にはいろいろある。
長い人生をゆっくりと、たおやかに生きる生き方もあるだろうし、
短い人生の一瞬の中に、激しく燃えて、消えゆく生き方もあるだろう。
どちらが、より良い人生とはいえない。
しかし、ボクサーの生き方は明らかに後者だ。
ボクサーは後者のような生き方しかできない。
それは、そんな不器用な性しか持ち合わせていないからだ。
失敗した時のリスクを承知で、しかし、
100万ドル(タイトル戦)の夢を見る。
それが、まさにボクサーなのだろう。
過去に大きな悔いを残し、生きているフランキー。
あの時やめさせておけば、スクラップの目は無事だったかもしれない。
そして、娘との間にも、過去に何かしらの過ちを持つ。
タイトル戦に消極的なのも、
女性ボクサーをコーチしないのも、
過去の同じ失敗を繰り返したくはないからなのだろう。

しかし、マギーのひたむきさが、次第にフランキーを変えてゆく。
家族をいくら愛しても、報われることはない、
そんな、同じ痛みを持つことを知った時、
マギーとフランキーは師弟以上の間柄、
お互いが自分の人生で求めても決して得られないであろう存在を、
相手の中に見出したのかもしれない。
マギーを、あたかも娘、もしかしたらそれ以上の存在として受け入れ、
消極的だったタイトル戦にも挑戦する。

「誰でも一度は負ける。」
一度負けても、再度挑戦することができる場合もある。
しかし、再挑戦できない敗戦もある。取り返しのつかない敗戦が。

取り返しのつかない敗戦の末、足さえも切断され、
復活の望みもなくなってしまったマギー。
マギーの望みを聞き、一人悩むフランキーに、
スクラップは、こう答える。
「マギーに悔いはない、いい人生だったと思うだろう。」
多分、スクラップは、こうも言いたかったのかも知れない。
「左目を失明しても、俺にも悔いはない、いい人生だ。」
そして、「お前の人生は、どうなんだ。」

冒頭のフランキーならば、もしかしたら、
マギーの望みを叶えず、その手前で躊躇し続けていたかもしれない。

悔いのない人生とは、結果によってのみ決まるわけではない。
敗戦のリスクを覚悟し、100万ドルを夢見て、
その夢に果敢に挑む、その姿勢こそが、
悔いのない人生をもたらすのだろう。
結果が伴わなくても、血だらけになり挫折しても、
ラストには、また帰ってきたデンジャーの人生も、
いつかは、悔いのない人生になるのかもしれない。

しかし、そんな、スクラップの人生を、映画の冒頭では、
自分のことのように悔いていたフランキー。
だが、その人生はフランキーが強いたわけではない。
スクラップが、覚悟を決め、自ら望んで選んだ人生なのだ。

人生の夢に挑むことが出来なかったフランキーが、
最後には、マギーと共に、夢に挑むことができ、
至福の時を共に過ごすことが出来た。
だからこそ、マギーと自分の死を選択することができたのだと、
そんな風に私には思えました。
* テーマ:映画感想 - ジャンル:映画 *
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COMMENT TO THIS ENTRY
- from くりりん -

静かで重い映画でした。イーストウッドはうまいですね。そして必ずヒロインとの間にLOVEが生まれるのも彼らしい。
 真摯に生きる人たちの人生は不器用で重いですね。でも悔いはない。

 「ポロック」とこれ、TB反映されていないようでした。・・長らくサボっているせいかな~??

2006.06.11.Sun / 17:53 / [ EDIT ] / PAGE TOP△
- from ヤン -

おお、こちらにもコメント、ありがとうございます。
たしかにイーストウッドは上手ですね。マギーが夢に向かって上ってゆく姿と、その後の落差。モーガンフリーマンの使い方も上手ですね。
 TB反映されてませんか? おかしいですね。ちなみに、こちらからは無事に張れました。なんなんでしょう?

それじゃ、また。

2006.06.15.Thu / 23:30 / [ EDIT ] / PAGE TOP△
- from Carolita -

ハリー・キャラハン好きのわたしは、クリントさま見たさに、公開日に張り切って観にいった一本でした。
その時は、胸にズシーンときましたね。
でも、おっしゃるように、安らぎさえ感じました。
ラストシーンはきっといろんな感じ方があると思いますが、わたしには、すごくシンプルな愛の形が描かれた気がして。
娘の愛に恵まれなかった父と、親の愛に恵まれなかった娘。
最後の最後で2人の願いがあんな形で叶えられたことがすごく切なかったなぁ。
今でも「モ・シュクラ」を思い出すと、ウルっと来てしまいますっ(涙目)

2006.06.23.Fri / 21:37 / [ EDIT ] / PAGE TOP△
- from ヤン -

お、ハリー・キャラハンですか。私の友人にも、ハリー好きがいて、警察官になろうとしたくらい、好きだったようです。でも、日本の警察官じゃ、マグナム撃てませんから、断念したようでした。
 イーストウッドは、映画の作り方が上手ですね。最後の最後に、「モ・シュクラ」の意味が明かされるあたり、本当に憎い。このあたり、確かにウルッと来てしまいます。これは本当に上手だなと、後から思えました。

それじゃ、また。

2006.06.26.Mon / 21:23 / [ EDIT ] / PAGE TOP△
- from YAN -

ヤンさんは、この映画に安らぎに似た印象を持ったと書かれてますね。
確かに愛を感じる事ができたし、これで良かったとも思いましたが、
やっぱりフランキーのその後を考えると、
切ない重苦しさが残りました。

ヤンさんの言うフランキーの死とは、精神的なものの事ですか?
私は、彼は人目につかないどこかでひっそりと生きていると思ってます。

2008.04.12.Sat / 18:25 / [ EDIT ] / PAGE TOP△
- from ヤン -

YANさん、こんばんわ。

 映画を見終わった後、フランキーも自ら命を絶って、死んだとばかり思っていました。というのも、マギーにとっての足が、フランキーにとってはマギー自身だと思えたからです。過去の悔いを清算し、マギーとともに夢に挑んだ、自らの人生が悔いのないものとなった今、彼は穏やかな死を選んだんではないかなあ、と思えた次第です。ですが、確かに生きているというのもあると思います、というか、そうであって欲しいですね。

それじゃ、また。

2008.04.15.Tue / 23:16 / [ EDIT ] / PAGE TOP△
- from YAN -

私も後から考えると、自ら命を絶った可能性もあるなあと
思えてきました。
フランキーは注射器を余分に持ち出したようだったし、
あの全編を通してのスクラップのナレーションは、
フランキーの娘に宛てた手紙だったんじゃないかな。
詫び状のようにも思えました。

ただ、ラストが、明かりの灯るレストランで、
そこかあるいはどこかでフランキーがアップルパイ(だったか?)を
食べていそうな、存在を仄めかすようなショットだったんですよね。

あの後、生きていくのは辛いけど、生きていてほしいですよね。

2008.04.16.Wed / 13:55 / [ EDIT ] / PAGE TOP△
- from ヤン -

確かにありました。
どこかで、マギーやスクラップのことを想い、
罪の意識にさいなまれること無く、
ひっそりと穏やかに、生きていてほしいですね。

それと、娘に宛てた手紙ですか。
鋭い解釈です。なるほど。確かにそう思えます。
過去に、なにがあったのか分かりませんが、父は父なりに苦しんだことだけは、スクラップはフランキーの娘さんに理解してほしかったのかと思えます。

それじゃ、また。

2008.04.16.Wed / 23:30 / [ EDIT ] / PAGE TOP△

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監督:クリント・イーストウッド   製作:2004年 アメリカ 出演:*クリント・イーストウッド *ヒラリー・スワンク *モーガン...
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