ミリオンダラー・ベイビー 

「ネタバレ」あり。ご注意願います。




二人の老練な男優が醸し出す人生観が、味わい深い映画。
重たいラストなのだけれど、不思議と私には重たくはない、
ハッピーエンドにも近い、やすらぎにも似た印象をもった映画。
そして、イーストウッド監督の、静かに見つめる手腕が光る映画。


冒頭語られるのは、
ボクサーという人種の悲しい性。
いつも逆のことをしてしまう。
頑固で、自らの意思を曲げることはない。
自分を守ることが第一であるはずなのに、
夢のため、自分の安全を超えて、自分の半生を犠牲にしてしまう。

人の生き方にはいろいろある。
長い人生をゆっくりと、たおやかに生きる生き方もあるだろうし、
短い人生の一瞬の中に、激しく燃えて、消えゆく生き方もあるだろう。
どちらが、より良い人生とはいえない。
しかし、ボクサーの生き方は明らかに後者だ。
ボクサーは後者のような生き方しかできない。
それは、そんな不器用な性しか持ち合わせていないからだ。
失敗した時のリスクを承知で、しかし、
100万ドル(タイトル戦)の夢を見る。
それが、まさにボクサーなのだろう。

過去に大きな悔いを残し、生きているフランキー。
あの時やめさせておけば、スクラップの目は無事だったかもしれない。
そして、娘との間にも、過去に何かしらの過ちを持つ。
タイトル戦に消極的なのも、
女性ボクサーをコーチしないのも、
過去の同じ失敗を繰り返したくはないからなのだろう。

しかし、マギーのひたむきさが、次第にフランキーを変えてゆく。
家族をいくら愛しても、報われることはない、
そんな、同じ痛みを持つことを知った時、
マギーとフランキーは師弟以上の間柄、
お互いが自分の人生で求めても決して得られないであろう存在を、
相手の中に見出したのかもしれない。
マギーを、あたかも娘、もしかしたらそれ以上の存在として受け入れ、
消極的だったタイトル戦にも挑戦する。

「誰でも一度は負ける。」
一度負けても、再度挑戦することができる場合もある。
しかし、再挑戦できない敗戦もある。取り返しのつかない敗戦が。

取り返しのつかない敗戦の末、足さえも切断され、
復活の望みもなくなってしまったマギー。
マギーの望みを聞き、一人悩むフランキーに、
スクラップは、こう答える。
「マギーに悔いはない、いい人生だったと思うだろう。」
多分、スクラップは、こうも言いたかったのかも知れない。
「左目を失明しても、俺にも悔いはない、いい人生だ。」
そして、「お前の人生は、どうなんだ。」

冒頭のフランキーならば、もしかしたら、
マギーの望みを叶えず、その手前で躊躇し続けていたかもしれない。

悔いのない人生とは、結果によってのみ決まるわけではない。
敗戦のリスクを覚悟し、100万ドルを夢見て、
その夢に果敢に挑む、その姿勢こそが、
悔いのない人生をもたらすのだろう。
結果が伴わなくても、血だらけになり挫折しても、
ラストには、また帰ってきたデンジャーの人生も、
いつかは、悔いのない人生になるのかもしれない。

しかし、そんな、スクラップの人生を、映画の冒頭では、
自分のことのように悔いていたフランキー。
だが、その人生はフランキーが強いたわけではない。
スクラップが、覚悟を決め、自ら望んで選んだ人生なのだ。

人生の夢に挑むことが出来なかったフランキーが、
最後には、マギーと共に、夢に挑むことができ、
至福の時を共に過ごすことが出来た。
だからこそ、マギーと自分の死を選択することができたのだと、
そんな風に私には思えました。

コメント

静かで重い映画でした。イーストウッドはうまいですね。そして必ずヒロインとの間にLOVEが生まれるのも彼らしい。
 真摯に生きる人たちの人生は不器用で重いですね。でも悔いはない。

 「ポロック」とこれ、TB反映されていないようでした。・・長らくサボっているせいかな〜??

おお、こちらにもコメント、ありがとうございます。
たしかにイーストウッドは上手ですね。マギーが夢に向かって上ってゆく姿と、その後の落差。モーガンフリーマンの使い方も上手ですね。
 TB反映されてませんか? おかしいですね。ちなみに、こちらからは無事に張れました。なんなんでしょう?

それじゃ、また。

こんばんはっ。

ハリー・キャラハン好きのわたしは、クリントさま見たさに、公開日に張り切って観にいった一本でした。
その時は、胸にズシーンときましたね。
でも、おっしゃるように、安らぎさえ感じました。
ラストシーンはきっといろんな感じ方があると思いますが、わたしには、すごくシンプルな愛の形が描かれた気がして。
娘の愛に恵まれなかった父と、親の愛に恵まれなかった娘。
最後の最後で2人の願いがあんな形で叶えられたことがすごく切なかったなぁ。
今でも「モ・シュクラ」を思い出すと、ウルっと来てしまいますっ(涙目)

お、ハリー・キャラハンですか。私の友人にも、ハリー好きがいて、警察官になろうとしたくらい、好きだったようです。でも、日本の警察官じゃ、マグナム撃てませんから、断念したようでした。
 イーストウッドは、映画の作り方が上手ですね。最後の最後に、「モ・シュクラ」の意味が明かされるあたり、本当に憎い。このあたり、確かにウルッと来てしまいます。これは本当に上手だなと、後から思えました。

それじゃ、また。

悔いはない

ヤンさんは、この映画に安らぎに似た印象を持ったと書かれてますね。
確かに愛を感じる事ができたし、これで良かったとも思いましたが、
やっぱりフランキーのその後を考えると、
切ない重苦しさが残りました。

ヤンさんの言うフランキーの死とは、精神的なものの事ですか?
私は、彼は人目につかないどこかでひっそりと生きていると思ってます。

いわれて見れば、、、

YANさん、こんばんわ。

 映画を見終わった後、フランキーも自ら命を絶って、死んだとばかり思っていました。というのも、マギーにとっての足が、フランキーにとってはマギー自身だと思えたからです。過去の悔いを清算し、マギーとともに夢に挑んだ、自らの人生が悔いのないものとなった今、彼は穏やかな死を選んだんではないかなあ、と思えた次第です。ですが、確かに生きているというのもあると思います、というか、そうであって欲しいですね。

それじゃ、また。

私も、言われてみれば・・・

私も後から考えると、自ら命を絶った可能性もあるなあと
思えてきました。
フランキーは注射器を余分に持ち出したようだったし、
あの全編を通してのスクラップのナレーションは、
フランキーの娘に宛てた手紙だったんじゃないかな。
詫び状のようにも思えました。

ただ、ラストが、明かりの灯るレストランで、
そこかあるいはどこかでフランキーがアップルパイ(だったか?)を
食べていそうな、存在を仄めかすようなショットだったんですよね。

あの後、生きていくのは辛いけど、生きていてほしいですよね。

そういえば、そんなシーンが

確かにありました。
どこかで、マギーやスクラップのことを想い、
罪の意識にさいなまれること無く、
ひっそりと穏やかに、生きていてほしいですね。

それと、娘に宛てた手紙ですか。
鋭い解釈です。なるほど。確かにそう思えます。
過去に、なにがあったのか分かりませんが、父は父なりに苦しんだことだけは、スクラップはフランキーの娘さんに理解してほしかったのかと思えます。

それじゃ、また。

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ミリオンダラー・ベイビー

監督:クリント・イーストウッド   製作:2004年 アメリカ 出演:*クリント・イーストウッド *ヒラリー・スワンク *モーガン...

  • [2008/04/12 18:26]
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