ブレードランナー  
2001.12.31.Mon / 23:47 
「ネタバレ」あり。ご注意願います。

まず、この感想は「ディレクターズカット版」への感想とさせてください。

なぜ、自分たちは生まれたのか。
思うように生きられない自分の運命への疑問。
理不尽な束縛(寿命)を解き放てば、
そして、さらなる多くの出会いや出来事が、
自分に答えを教えてくれるかもしれない。


この映画の最大の謎は(私にとってだけかもしれませんが)、
なぜ、ロイが最後にはデッカードを助けたか、です。
仲間を殺したデッカードをもてあぞぶかのように追い詰める、
さらには、夢も希望もないことがわかり絶望的な気持ちから、
残虐性はかなり増しています。

そのような状況下においても、最後にはロイはデッカードを助けます。
なぜでしょうか?
それは、絶望の中でも、必死に生きようとしているデッカードの姿から、
自分が探していた答えを見つけたからなのではないのでしょうか?
「答えを見つけた」というか、「答えが無いことを受け入れた」というほうが
よいかもしれません。

「自分のことを知りたがった。どこから来て、どこに行くのか。」
しかし、それは人間であっても同じことです。
長く生きれば答えは見つかるのか?
寿命が無ければどうなのか?
やはり答えは見つからないのではないのでしょうか?
しかし、それでも問いかけ続けてゆく。
それが生きるということなのでしょう。

どんな絶望の中でも「生きる」ことをあきらめない。
本能的に生きることを選択する。
誰にでも、何にでも終わりはある。
しかし、終わりに向かっていようが、絶望に向かっていようが、
その瞬間瞬間を懸命に生きてゆく。

生きることに意味はあるのか?
誰かに支配されているかのうように、思うようにならない人生であろうとも、
目前に理不尽な死が迫っていようとも、
それでも生きてゆく。

目の前で、必死にあがくデッカードを見て、「生きる」ことの意味を
最後には悟ったのかもしれません。

さらには、死ぬ直前において、自分の生きてきた過去を振りかえり、
人生というものを悟ったのかもしれません。

この最後のシーンは、私には感動的でした。
ロイが何を悟り、何を考えたかも十分感動的ではありましたが、それよりも、
道に迷い、自分なりに問いかけつづけ、いったんは道を踏みはずしてしまったロイが、
しかし死ぬ直前には、ついに彼なりの答えを見つけ、自分の死を安らかに受け入れた。
その姿が感動的でした。

デッカードは、実はレプリカントだという説があるそうです。
もし、デッカードがレプリカントであり、それを知っているのであれば、、、
デッカードの苦悩も相当なものでしょう。
理不尽な生を与えられて道に迷っている、かわいそうなレプリカントを
せめて自分が始末する。
そんな気持ちなのではなかったのではないでしょうか。
しかし、ロイはデッカードの思いを超えて、最後には本当の人間になった。
デッカードにとっては、感動的な驚きだったと思います。

そして、最後にレイチェルとデッカードは旅立って行きます。
理不尽なものに支配されていようが、やはり、生きるために。
* テーマ:映画感想 - ジャンル:映画 *
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