グッドナイト&グッドラック  
2006.07.20.Thu / 22:25 
「ネタバレ」あり。ご注意願います。




赤狩りという暴挙に、果敢に反対を訴えた男たちを
描いた映画なのかもしれませんが
そんな男たちを通して、
自分たちが信じる国の理想と理念を創り、
守ることの大切さを訴えた映画のように感じました。
そして、白黒の映像が効果的に、
マローの渋さを際立たせています。
彼らがやろうとしている事の崇高さを、
映像的に表現したら、こうなるのでしょう。
クルーニーが、いかに彼らを尊敬し、誇りに感じているのか、
それが、とても上手に伝わってくる映画でもあります。


赤狩りが猛威を振るう1950年代のアメリカ。
誰もが、その行き過ぎを憂い、
しかし、反対に対する行動を起こすことが出来なかった時代。
新聞で読んだ小さな記事から、良心に従って、
赤狩りの行き過ぎを訴えたマロー。
国家を維持することも大切ではあるが、
それと同時に、国家の礎たる国民の人権も同様に重い。
そして、それを守るのは、国民一人一人の勇気。
見て見ぬ振りをするのではなく、
皆で考え議論しようと訴えるマロー。
自分に異を唱える者は、すべて共産党員。
この思想は、とても危険だ。
これは、明らかに恐怖による言論統制であり、
報道に対する敵対行為を意味しているのだろう。
その行き着く先は、ファシズムであり、
そういう意味で、マローたちは国を救ったのかもしれない。

映画のラストでは、
自分たちを押さえ込もうとする権力者たちに勝利を収めかける彼ら。
しかし、視聴者やスポンサーが報道に求めたものは娯楽。
日曜の午後という、時間枠に追いやられるマローたち。
娯楽にも十分価値はあるのかもしれないが、
報道が、報道すべきものを隠し、
夢のような嘘や麻薬のような笑いを届けるだけでは、
いつかは国民が堕落し、国家が、その理想を失うのだろう。
報道の義務とはなにか?
そんなことを訴えてこの映画は締めくくられる。

ことさら、彼ら登場人物を英雄的に描くのではなく、
マローの発する言葉を借りて、
民主主義を守るのは我々一人一人の勇気ある行動であることを、
そして、その中で報道の果たす役割の重要性を訴えた映画。


あとは、蛇足かもしれませんが、この映画には気になった点が3つあります。
自殺してしまった放送局の人のエピソードは何を表しているのか?
特に、自殺直前の「あの新聞をたたいてくれ」と願う台詞。
結婚を隠している夫婦。
特に夫婦の会話、「守ろうとしているものが悪なのかもしれない。」
そして、マッカーシーが裁判にかけられて喜ぶ放送局の人々。

実は、マローの言葉を真に理解していたのは、
近しい人々の中でも、本当に少数な人々だけなのかもしれません。
打倒マッカーシーは、手段であって目的ではありません。
だが、いつの間にか、彼らの間でも、
手段が目的にすり替わっていたとしたら、、、、
そして、自分に異を唱えるものを粛清するということに、
すりかわっていたのだとしたら、、、、
しかし、マロー自身の信念は最後まで変わりませんでした。

そして、この映画を、
現大統領のブッシュに対する批判とする人もいるようですが、
それも間違いなのではないかと思えます。

マローが真に訴えてきたのは、「悪いのは、我々である」。
だから、この映画は、ブッシュ批判ではないのでしょう。
もし、ブッシュ政権が悪いと感じているのなら、
そう感じて何もしない、
ブッシュ政権を許している我々への批判なのでしょう。
* テーマ:映画感想 - ジャンル:映画 *
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