グローリー・ロード 

「ネタバレ」あり。ご注意願います。




差別を乗り越え、
自らの可能性に賭け、
自分達の存在を認めさせる。
そして、後に続くものたちへの扉を開く。
バスケットの試合の勝利が単にゲームに勝つという意味だけではなく、
その勝利が、自分達の存在の証になるという意味に繋がってゆく。
差別を描いた映画というより、時に弱気になるものの、
自己を貫いた男達がまぶしい映画。
それと同時に、アメリカという社会の持つ、
暗い部分と明るい部分の両方を描いた映画。


強いチームを作りたい、
しかし、ドン・ハスキンズがコーチをするテキサス・ウエスタン大学は、
弱小で予算も少ない。
それでも、勝てるチームを作りたい。
そんな想いから黒人の選手を起用するドン。


才能がなかったり、チャンスが与えられなかった人々。
豊かな才能を持ち、チャンスも与えられている者は、
無念のうちに消えていった彼らに敬意を払うべきなのだ。
そして自らの才能とチャンスに対しても。
だからこそ、ドンは、彼らを使おうとし、
使い続けたのであろう。

しかし、周りからは敵意のまなざし。
そして、露骨な嫌がらせ。
そんな差別を前にお互いをののしりあうチームメイト。
そんな時にコーチから言われた言葉。
「自分達が、今言ったことをよく考えてみろ。」
敵は、チームメイトを、ののしってしまった弱い自分。
そして、自分達を認めない観客たち。
ゲームだけではない、そんなすべてに打ち勝ちたい。
その勝ちたいと思う気持ちが、チームを一つにまとめる。
試合前に皆が円陣を組み、神に祈る姿がとても印象的。

決勝戦を目の前に、黒人だけで試合をすることを宣言したドン。
だが、チームの白人選手だって試合には出たい。
しかし、この試合の意味を十分に理解している彼ら。
「おまえらが、どんなにバットなのか、魅せつけてやれ。」
決勝戦を信頼するチームメイトに託すジェリー。
彼らの中では、すでに差別という言葉はなくなっていたのだろう。

そして、決勝戦に勝利する彼ら。
彼らが認められ、後に続く者たちへの扉が開かれた瞬間だ。

確かにフィールドの外の差別は、ひどく、とても情けない。
しかし、フィールドの中では、
10人のプレイヤーは平等にプレーができ、公平に扱われる。
差別の根強さと、しかし、フィールドにそれが持ち込まれない公平さ。
どちらも、アメリカなのかもしれない。

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