太陽  
2006.12.28.Thu / 21:12 
「ネタバレ」あり。ご注意願います。




神格を着せられた男。
国民が心の中に思い描く神を、自分の意に反して、
演じ続けなければならない者の苦悩。
しかし、神格を脱ぐことが許されない宿命。
自らの意思は、ストレートには発言できない、
なぜなら、自分の発言が、絶対となってしまうから。
そして、自分の発言が大きな波紋を呼んでしまう、その、とまどい。
質問をしても、本音の回答は返ってこない、その孤独。


この映画はとても難しい映画です。
監督が独創した昭和天皇のイメージだからでしょうか?
いままで、見聞きしてきた昭和天皇のエピソードは、
極力排除され、変わりに、
大人の知識を持った、しかし、子供のような振る舞いをする
昭和天皇が描かれます。
そして、描かれるシーンも象徴的で、前後の論理的繋がりや人物設定は、
極力無視されているようにも思えます。
神格を着せられた男の悲劇を中心に描いたからでしょうか?
時は太平洋戦争末期。悪化の一途をたどる戦況。
しかし、状況とは無関係に営まれる「御予定」。
本当は、今、しなければならないことは、別にあるのではないのか?

「私の体は君たちとはなんら変わらない。」
そう、問いかけてみても、期待される返答はなく、
それ以上の問いかけは、周りの者を苦しめるだけ。

軍部との御前会議。
本当は、これ以上、人々に犠牲を強いたくは無い。
しかし、直接、その言葉を相手に伝えたらどうなるのであろうか?
現人神の発言としては不適切として、抹消されてしまうのか?
はたまた、目の前にいる男は、責任を感じで自害してしまうのか?
分かりやすい発言は、大きな波紋を呼んでしまう。
明治天皇のお言葉を借りて、自らの意思を表明する、
この、なんともいえない、回りくどさ。

なぜ、戦争は起こってしまったのか?
なぜ、国土は焼かれ、多くの人は死んでしまったのか?
果たして、これは、どうしようもなかったのか?
自分たちが傲慢だったからなのか?
悪夢にうなされる昭和天皇。

私の体はなにも変わりは無い。
しかし、その精神は違うのだろう。
そして、存在は、それ以上の大きさで違うのだろう。
当時の日本人にとっては、
神というよりは、太陽にも似た、精神的な心の支えなのだ。
そして、そうしてしまったのは、すべての日本人。

マッカーサーと英語で話をしたくても、止められてしまう悲しさ。
やはり、自分は、日本人の為に、意に反するとも、
どんな時も現人神として、振舞わなければならないのだ。
「誰も私を愛していない。皇后と皇太子以外は。」
確かに自分という人間を愛してくれている人はいないのだろう。
そして、自分をチャップリンと呼ぶ人々の方が、好感が持てるのだろう。

一人になって始めてみせる彼の素顔。
しかし、なかなか一人になる事は、許されない。

果たして、偉大なる祖父は、オーロラを見間違えたのか?
祖父も、やはり間違いを犯したのか?
しかし、その間違いも偉大なる歌人として、片付けられてしまう。

神格を脱ぎ捨てたい。そして、それを実行に移す昭和天皇。
しかし、放送を録音した若い技術者は死んでしまう。
やはり脱ぐことはかなわないのか、、、

皇后に神であることをやめたと言った時、
肯定はしてもらったものの、
「神であって、なにか都合の悪いことはありましたの?」
と質問する皇后。
やはり皇后も昭和天皇の苦悩は理解していなかったのか?

そして若い技術者の死を知った時の皇后の睨むような鋭い眼光。
私の記憶違いでなければ、皇后は昭和天皇を睨んでいたように思える。
技術者が死を選ぶことも、それを誰も止めないことも、承知で、
昭和天皇は、神格を脱いだのではなかったのか?
そんな思いで睨んでいたように感じられてしまう。

しかし、昭和天皇を子供たちの元に連れ出す皇后。

深い孤独と、救いの無い状況が、とても悲しくなる映画。
* テーマ:映画感想 - ジャンル:映画 *
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