橋の上の娘  
2007.02.15.Thu / 21:14 
「ネタバレ」あり。ご注意願います。




不運な女と、運に見捨てられた男。
そんな二人の出会いが、彼ら自身に幸運をもたらす。
きずなや相性、純愛などという表現が、
とても陳腐に感じてしまうほどに、深遠な彼らの営み。
愛と死、恐怖と快楽、そしてとても官能的なナイフ投げ。
そんな男女の根源的で本能的な営みを描いた映画。


人生は一寸先は闇。信じていても報われない。
やさしかったはずの男には、最後には裏切られ、
永遠の誓いは簡単に崩れさる。
だからこそ、運と言うものの存在を信じたくなる。
そして確かめたくなる。
自分は運が良いのか悪いのか、と。

不運な女と、運に見捨てられた男。
彼等もまた、自分たちの行く末を占う。
ある時は角砂糖で、
またある時はエレベーターで。
そして命を賭けたナイフ投げで。
官能的なナイフ投げのシーン。
恐怖と快感とは同じ感覚なのだろう。
手段であったはずの、確かめるという行為自信に、
のめり込んでいく二人。

誰とでも簡単に寝てしまうアデル。
寝るという行為とナイフ投げは、
アデルにとっては同じ意味を持つ。
確かめてみたい。
相手が果たして、自分の王子様なのか?
そして、自分は運が良いのか? 不運な女なのか?
だがガボール以外の男たちは、最後の一投を、わざと、しくじる。
そのたびに、アデルは胸から赤い血を流していたのだろう。
そして、自分の不運さを呪っていたのだろう。

それは、ガボールも同じだ。
的がアデル以外では、ナイフが体に当たってしまうのだ。

そんなことを知っているにもかかわらず、迷い、二人は別れてしまう。
しかし、そんなことを知っているからこそ、再びめぐり合う。

「行きましょう、どこへでも。私に投げるナイフがあるのなら。」
自分のすべてを賭けてナイフを投げる男。
自分のすべてを賭けてナイフを受ける女。
それは、二人が互いに取って最高のパートナーであることを、
確かめ合う行為なのだろう。
結果に幸運が待っているか、不運が訪れるのか、
もはや、そんなことは構わない。
相手がすべてを賭けていてくれる限り、自分もまた、すべてを賭ける。
そこにこそ、二人の至福が存在するのだろう。

男女の深遠をシンプルに描いた映画。
* テーマ:映画感想 - ジャンル:映画 *
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