サトラレ  
2002.05.15.Wed / 15:18 
「ネタバレ」あり。ご注意願います。

嘘と真実。
人間は、これらの間を微妙にバランスをとりながら生活しています。
真実だけでは生きていけないし、嘘だけでも生きられない。
この映画には、いろいろな嘘が提示されます。
人をだます嘘。人を傷つける嘘。自分をだます嘘。自分をも傷つけてしまう嘘。
「サトラレ」をだますことは簡単です。しかし、「ばかしあう」関係において、絶対的な弱者である「サトラレ」をだますことは、同時に自分をも傷つけることになります。
また、嘘の中でも、自分をだます嘘は,とりわけたちが悪いのではないのでしょうか? 心のそこでは、「本当にこれでいいのか」と思いつつ、「これが一番いいことなんだ」と自らの疑問を押さえ込む。嘘をついた後でも、「仕方なかった」とさらに自分をだますことになる。

しかし、嘘をつかずしては人間は生きられません。このように人間とはとても 悲しい生き物であると思わずにはいられません。
しかし、この映画の中で唯一の嘘を必要としない関係が、祖母と主人公の関係です。
この二人には、嘘が必要ありませんでした。
少々ひねくれている主人公ですが、その本質は、愛情に満ちた性格です。
このような特殊な環境においては、性格がひねくれて当然です。 また、少なくとも「自分がサトラレではないのか」と、日常を疑うこともするはずです。 そうはならなかったのは、祖母の影響(主人公に対して安心感を与えている。) が大であると感じました。

つらつらと、書きましたが、しかし、自分の中で一番感動的だったのは、 祖母と主人公の美しい「すれ違い」でした。
手術後、祖母が主人公に「ありがとう」といいます。祖母の命を助けられなかった 主人公は「ありがとうなんて言うなよ」と心のなかで、つぶやきます。
ですが、この「ありがとう」は、「命を助けてくれてありがとう」という意味ではなく、 「自分のために精一杯やってくれてありがとう」と言う意味にも思えませんでした。
私には、「りっぱな医者になってくれて、ありがとう」と思えてなりません。
それだけを日々願っていた祖母にとって、努力の結果、りっぱな医者 (医者でなくてもよいのでしょうが)になったことが「ありがとう」なのではないかと感じました。
自分がもし、祖母であっても「ありがとう」以外の適切な言葉が見つかりません。
祖母の命を助けてあげられず号泣する主人公、立派な医者になったことに対して「ありがとう」 をいう祖母。二人の対象は、お互いの思いやりのために「すれ違う」のですが、 なんとも言えず、美しさを感じました。
この映画が、「性善説」に基づいて作られていることにも好感が持てます。
医者を断念させる嘘を、最後まで貫かず、誰もが、最後には自分の「善」に素直になれたことが、 見ていて大変うれしかったです。



最後に、私的なことを書きます。
私にも祖母がおり、最後には助けてあげることもできずに死なせてしまいました。
この主人公が、うらやましかった。「本音」をなんの苦労もせず、理解して もらえるだから、、
私も、あのように語りたかった。本当の気持ちを理解して もらいたかった。

この映画の祖母は手術中、どんなに一生懸命に主人公が執刀したかを知りません。
ですが、最後に次のように言います。この祖母の台詞に私は救われました。
「大丈夫だよ。お前がいい子だって事は、私は知っているから…」
(正確では、ありませんが、意味的にはあってるかと思います。)
* テーマ:映画感想 - ジャンル:映画 *
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