父親たちの星条旗 

「ネタバレ」あり。ご注意願います。




戦場には、世間が期待するような英雄は存在しない。
しかし、戦場から遠く離れた場所では、英雄が必要とされる。
それは、意味の無い戦いに意味があることを錯覚させるため。
そして、意味の無い死に価値があったことを錯覚させるため。
運が良く、たまたま生き残った三人が英雄に祭り上げられる。
そして、彼ら三人は心の中に矛盾を抱えたまま、
戦争を続けたい人々の言いなりに操られる。
彼らが心に抱える矛盾は、そのまま、戦争が持つ不条理なのだろう。
そんな不条理を静かに深く描いた映画。



戦場での兵士たちは、
なにも英雄になりたいがために戦争をしているわけではない。
隣にいる仲間のために勇敢に戦い、
負傷した友を助けるために、あえて危険を冒す。
そんな人々が英雄と呼ばれる資格を持っているのかもしれない。
しかし、戦場から遠くにいる人々には理解されにくい英雄なのだろう。

ただ単に星条旗を掲げた、そして、運よく生き残った。
そんな行為が英雄と呼ばれる違和感、矛盾。
自分よりも英雄と呼ばれるにふさわしい人々がいるはずだ。
しかし、彼らは英雄を演じ続けなければならない。
それは、自分たちが忌み嫌う戦争を続けるために。
いったん戦争を始めたからには、負けで終わることは許されないのだ。

第二次世界大戦において、すでに敗色濃厚な日本。
しかし、アメリカもかなり疲弊している。
戦争に絶対的な勝者はいないのだろう。
ともに疲弊し、先に疲弊しきった国が戦争に負けるのだ。
しかし、戦勝国といえども疲弊していることに、かわりはない。

アメリカ中から熱狂的に迎えられた三人。
人々は、この戦争に意味があることを錯覚し、
また、別な人々は、身内の戦死に価値があったことを錯覚する。
戦争に疲れて、しかし、続けなければならない。そんな人々が、
英雄を渇望し、心の中で、勝手に想像してしまった結果なのだろう。
そして、国民は巧みに乗せられてしまったのだろう。

戦争が終わり、不要になった三人。
国や人々は彼ら個人を必要と思ったわけではない。
星条旗を掲げた人間ならば、誰でもよかったのだ。
そして必要が無くなれば、誰も彼らに振り向かない。
硫黄島に向かう途中で、飛行機に見とれて船から落ちた兵士も、
味方に撃たれて無残な最期を遂げた兵士も、
誰にも振り向かれない。これは同様なのだろう。
しかし、兵士たちにとって、仲間は、
忘れることができない、特別な存在だ。

あの場所に掲げられた星条旗は彼らのもの。
そう考えなければ、
仲間の為に勇敢に戦い散っていった彼らが、あまりにも哀れ。
しかし、そんな行為ですら、
戦争継続の手段に使用した政治家たち。
戦場で死んでいった者も生き残った者も、
最後の最後まで戦争に利用されてしまったのだろう。

戦争とはあまりに不条理。
そんな不条理を静かに深く描いた映画。

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