ヒトラーの贋札
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眼の前の命を救うべきか。
それとも、もっと大きなものに命を掛け、仲間にも犠牲を強いるのか。
それは究極の選択。
戦争に勝てたのは、
命がけでサボタージュを行なった人々のおかげかもしれない。
しかし、眼の前の命が助かったのは彼のおかげなのだろう。
究極の選択に迷い、助けたいと願ったいくつかの命は失われたが、
それでも数多くの仲間の命を助けた男。
しかし、心に大きな虚しさと直せない痛みを抱えてしまった男の映画。
絵を描くよりは偽札を作るサリー。
何故なら、そちらほうが金が儲かるから。
自分以外は、誰であろうとすべて他人。
サリーは、そんな利己的で醒めた考えを持つ男。
ユダヤ人は仲間なんかではない。
そう思い、自分だけは別だと考えていた。
しかし、他のユダヤ人同様、強制収容場に連行され、
皆と同じように命の危険にさらされる。
ナチに強制され荷担する偽札造り。
今日の銃殺よりは明日のガス室。
仕方なく協力をするサリー。
しかし、この偽札が戦局を大きく動かし、
ナチに勝ちをもたらすかもしれない事を仲間に告げられる。
彼の持つ高い技術故に、サリーはリーダー格にまつりあげられ、
仲間の命までも背負わされる。
そして、背負わされた命への責任感が、サリーを変えてゆく。
自分の子供達が死んだ事を知り、自殺しようとした男。
ただ生き延びよう。その結果に何が待っていようとも。
そんな言葉でしか、励ます術をしらない仲間達。
それは、誰も彼も、明日の自分の運命さえ、わからないのだから。
仲間が命掛けで遅らせた偽ドル札造り。
自らの主張、正義の為に、仲間の命が危険にさらされた。
収容所に入る前のサリーであれば見過ごしていたのかもしれない。
しかし、仲間の命が危険にさらされた時、やむなく、偽ドル札を差し出す。
それが、サリーの究極で、ぎりぎりの決断なのだろう。
終戦間近のドイツ。
ドイツをみかぎり、逃げ出す大隊長。
こっそり偽札を隠していたナチの軍人。
誰しも自分を助けることが精一杯。
しかし、サリーは命がけで結核の青年を助けようとし、
しかし、青年は銃殺されてしまう。
映画の冒頭。
豪華なホテル。きらびやかな服。
偽造旅券、そして女。
そこからは、金があれば何でも出来るような印象を持つ。
しかし、最後、サリーはつぶやく。
「お金はいくらでも作ることができる。」と。
しかし、失われた人々の命は二度と戻らない。
そして、戦前と同じ生き方は、もはやできなくなってしまったサリー。
仲間を助けたい。究極で、ぎりぎりの選択をしたサリー。
しかし、彼らが生き残れたのは、単に運とタイミングの良さのため。
一歩間違えていたのなら、自分や仲間は死んでいたのかもしれない。
もしかしたら、自分は史上最大の悪事に加担させられていたのかもしれない。
もし、あの状態が続いていたのなら、果たしてどうしたら良かったのか?
逆にもっと上手に対応していれば、死んでいった仲間も死なずにすんだのかもしれない。
それらは、誰にもわからない。
しかし、サリーの心から、その自問は、
心に負った傷として、消えることは無いのだろう。
心に大きな虚しさと直せない痛みを抱えてしまった男の映画。
- [2008/04/10 22:26]
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