松ヶ根乱射事件 

「ネタバレ」あり。ご注意願います。




最低だと思い、軽蔑してきた父親。
しかし、そんな、最低だと思っていた父親が、
実は最低な奴などではなく、
最低な存在は自分自信であった。
それを最低だと思っていた父親に指摘された時の衝撃。
そんな衝撃が男のバランスを狂わせてゆく。
意識ぜず、自らにも隠してきた自分の汚さを、
意識させられた時の拒否反応。
遂には心のバランスを失い、暴走してしまう男。
しかし、暴走しているはずなのに、どこか生真面目。
男は、暴走していてもなお、自分の汚さを隠そうとしているのか。
そんな男をドライに描いた、とても乾いた映画。


真面目な奴と最低な奴。
真面目な奴とは、世間の常識に従って生きている人間のことなのだろう。
最低な奴とは、自分が見たい現実のみに従って生きる人間のことだ。
そいつは、自分に不都合なことは無視し、
現実を自分の都合のよいように理解し、
他人を無視して、後先のことも考えず、欲しい物に手をつけてしまう。
バレることを無視して、事故を起こしても逃げ出す。
祖父や会社のお金に手をつける。
弱みを握り、人を脅し、空家に居座る。
盗品である金を換金しようとする。


こんな最低な奴らに対して、
バカな奴らだと第三者として傍観できるのなら、ありがたい。
金を使ったキーホルダーを売り出したり、
事故でへこんだ車を雪で直そうとしたり、、、
こんなバカな行動ならば、笑いごとで済むだろう。
しかし、彼らの無責任で無軌道な行動のしわ寄せは、
真面目な奴に降りかかってしまうのが、世の常だ。
兄の考えもない行動の尻拭いを押しつけられた弟。

自分よりも幼い娘をはらませてしまった父親。
弟の不満はついに父親に向けて発せられる。
しかし、「やっぱりお前は弟だよ。」
父親は、別に娘をはらませたわけではない。
だが、自分が認知してあげなければ、母子ともに不幸となってしまう。
娘の母親に押しつけられた役割を、損を承知で引き受けているのだ。
そして、「俺は全部、知ってるんだぞ。」
実は最低な奴こそ、自分自身だったことを指摘された弟。
もしかしたら、その娘の子供は自分の子供なのかもしれない。

弟は、そんな卑怯な自分を隠して生きてきたのだろう。
実は、自分も兄同様、ヘタレで卑怯な存在なのだということを。
そして、自分が卑怯な存在だとは意識しないで、生きてきたのだろう。
結果はヘタレとはいえ、一人で困難に立ち向かった兄とは、まったく違う。
兄は自分が最低であることに向き合った。
弟は、いつも自分が最低であるという現実から目を背けてきた。
そして父親を責めて見下してきた。
やはり、弟は、「やっぱりお前は弟だよ。」なのだ。

だが、そんな自分の素顔も知られてしまった。
ねずみとは、卑怯な自分そのもの。
卑怯な自分に後ろ指を指している大衆。
そして、その卑怯さ故に生み出されてしまった新しい命。
全てをリセットしたい。すべてを消去したい。
遂に銃を乱射する弟。

何かが大きく変わり、しかし、何も変わらない日常。
そんな中で銃を乱射した弟。
だが、銃を乱射してもなにも変わらない。
誰も死なない。傷つかない。
そして、「すいません。もう、大丈夫です。」
暴走していても、なお、謝ることを忘れない弟。
弟は銃を乱射したことで、ネズミを駆除できたと考えたのか?
自分は正しいことをしたと、思い込もうとしているのか?
そして、自分の汚さをトコトン隠そうとしているようにも見える。
そんな男をドライに描いた、とても乾いた映画。

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