ゲド戦記 

「ネタバレ」あり。ご注意願います。




世界のバランスの崩壊と、
一人の青年の心のバランスの崩壊。
バランスが崩れた世界に狂わされ、
しかし、調和がとれた世界に癒された青年を描いた映画。


国王の息子、アレン。
徐々にバランスを失う世界が、人々の心に不安を呼び込む。
アレンにも、それは同様なのだろう。

誰もが避けては通れない自分自身の死。
それと如何に向き合うかにより、自分の生き方も決まってくるのだろう。
しかし、調和を失ったアレンの心には、
死は恐怖と虚しさでしか、なかったのだろう。
遂には、父を殺して国を飛び出してしまうアレン。

自ら死を選ぼうとするわけではなく、
運命に任せて死のうと考えているアレン。
死にたいと考えているようでいて、
実は、心の底では、死にたくはない、生きたいと願っているのだろう。

旅の途中で巡り合った人々。
短い間ではあったが、共に生活をした人々。
自然とふれあい、農作業に体を動かし、
アイタカに、この世の摂理を学ぶアレン。
そして、テル−の美しい歌声に心を洗われる。

テル−に説得された形とはいえ、実は、
死に立ち向かい、生きたいという生命力は心の底に眠っていたのだろう。
遂にクモに立ち向かうアレン。



とても、ストレートな映画です。
だから、わかりやすくもあれば、実感が伴わない映画かもしれません。
また、誤解されやすい映画であるとも思えます。

アレンの父殺しは、一見すると父親に対するコンプレックスが原因のような印象を持ちます。
事前の会話から、アレンの父はアレンに対して、あまりかまってはいないことや、
そして、それ以上に製作者である宮崎監督の親子の確執が、そう、思わせています。
しかし、映画には、この場面以降、父親に対するコンプレックスは、
表面的には一切表現されていないように思えます。
むしろ、ストーリー全体を見渡せば、
世界の崩壊や死に対する恐怖がアレンの心を蝕んだ、とするのが正解と思われます。
また、アレンの父殺しが、父親コンプレックスが原因だとすると、
製作者は、とても挑戦的な映画を目指したことになりますが、
それ以降の映画の雰囲気からは、挑戦的というよりもむしろ、手堅さを感じさせます。
ともあれ、アレンが、なぜ父親を殺したのかに共感しにくい映画となっています。

ストーリーの割には、この映画は長めです。
それというのも細かなシーンを飛ばさず大切に描いているからです。
自然を旅するアレンやアイタカ、農作業に汗を流す様子など、、、
一見するとストーリー的には、あまり意味のないシーンかもしれません。
しかし、アレンの心を蝕んだのは調和を欠いた世界、と考えれば、
逆に、それら調和が保たれている自然がアレンを癒したとも考えられます。
ただ、観客には、それも実感が伴わないのかもしれません。
それは、従来の映画では主人公が動的に行動し、経験し、
テーマを実感する作りになっているのに対して、
本作では、目覚めるまでのアレンは受け身に徹しているからです。
今回、ジブリ作品では新しい監督が映画を作成しました。
それまでの作品と共通点はたくさんあります。
しかし、受身の主人公というのは、初めての試みだったのかもしれません。

そんなこんなで、実感が伴わなくなってしまった映画。
何が悪かったのか、よくわかりませんが、とても残念な映画でした。

コメント

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://yan2005.blog10.fc2.com/tb.php/595-14f88f94