自転車泥棒 

「ネタバレ」あり。ご注意願います。




最後まで画面を正視する事ができなかった。
それほど、哀しみに溢れている映画。
人が死んだり、大きな災害に襲われるわけではない。
単に自転車が盗まれただけ。
しかし、それは主人公にとっては大きな悲劇であり、
そして、自分では、如何とも解決し難い深い絶望なのだ。
しかし、深い哀しみに溢れていても、この映画はまぎれもなく名画だ。
父親に寄り添う息子の優しい眼差し。
悲劇と絶望に溢れた、しかし、限りなく優しい名画。


貧困に苦しむ、戦後間もないイタリア。
2年間定職に就くことができない父親。
昔であれば、一家の家計を支えていたのは自分であった。
しかし、そんな誇りも奪われて、
今は惨めにも昼間から職安に並び、来ない職を待ちわびる。
自分は、役立たずな男なのか?
貧困にあえぐ家族を目の前にしても、なにもできない日々。

やっとあり付けたポスター貼りの仕事。
妻の嫁入り道具を質にしてまで手に入れた、採用に必要な自転車。
しかし、出勤初日に自転車は盗まれてしまう。

盗品が売られる広場に、息子や仲間を伴い、盗まれた自転車を探す父親。
しかし、売られている膨大な数の自転車から、
盗まれた自分の自転車を見つけることは、不可能に近い。

仲間と別れ、親子だけで自転車を探すことになった。
街で見かけた怪しげな人物。しかし、逆に逃げられてしまう。
決定的な証拠がなけれは、警察も味方をしてくれはしない。

いきずまった状況故に、些細なことで喧嘩を始めた親子。
息子を橋のたもとに残し、一人で自転車を探し始める父親。
しかし、川で子供が溺れているとの叫び声。
急いで戻ってみると、それは自分の子供ではなかった。安堵する父親。
さっきまでは息子を邪険にしてきたのに、
急に息子に優しくなる父親が、なんともかわいい。

きっと、自分の良い所を見せたかったのだろう。
父親は息子をレストランに連れてゆく。
父親にしては精一杯の見栄だったのだろう。
しかし、自分の周りのテーブルは、自分のテーブルよりは遙かに豪華。
それを気にする息子。
ポスター貼りの仕事さえ続けることができたのなら、
自分たちだって、あの人たちの仲間入りができる。
それは、父親にとっては自らの誇りを取り戻し、
家族が幸せになることを意味している。

遂に犯人らしき男を見つけた。
しかし、決定的な証拠がなけれは、誰も味方になってはくれない。
逆に、故なき疑惑を掛けられたとして、皆が犯人らしき男の味方をする。
遂には、追い返されてしまう親子。

他人が盗むのなら自分も盗むしかないのか?
激しい葛藤の末、ついには他人の自転車に手を出してしまい、
そして捕まる父親。
その一部始終を目撃する息子。
父親は、大勢の人に囲まれて警察に突き出されそうになる。
しかし、最後まで泣きながらも懸命に父を呼ぶ息子。
最後に父親は許されて、人ごみに消えてゆく。

父親が盗みに失敗したのは何も偶然ではない。
冒頭、父親が自転車を盗まれた時の鮮やかな手口。
それは、彼らが盗みを生業としていることを意味している。
それまでは善良に暮らしてきた父親が、盗みの技術なんて持ち合わせているはずもない。
父親にとって盗みは不可能なのだ。


最後まで正視に耐えられないのは、なにも、
この映画が悲惨な話だからだけではない。
この映画は特殊な状況を描いているように見える。
しかし、いつ、誰の身に起きても不思議ではない物語なのだ。
確かに今の日本は豊かで幸せな生活を送ることができる国だ。
しかし、それがいつまで続くのか、いつかは崩れるのではないのか?
そして、脆くも豊かさが崩れ去った時、果たして自分は、どうすればいいのか?
職を失い、家を失い、路頭に迷わないという保証は誰も、してはくれない。
そんな不安を抱えているからこそ、この映画は身につまされてしまうのだ。



誘惑に負けた情けなさ。
犯してしまった罪への後悔。
何一つうまくいかない自身の人生への哀しみ。
そして、すべてを息子に目撃されてしまった惨めさ。
呆然自失で帰途につく父親。それに寄り添う息子。

家族の為に、懸命に自転車を探し、盗みまでしてしまった父親。
息子にとっては、確かにショックであっただろう。
しかし、父親の気持ちは良く分かる。その苦しみも。
父親の弱さを見てしまった。情けない姿も見てしまった。
しかし、それらはすべて家族のため、そして、息子自身のため。
それは、一人の人間としての、父親の生の姿なのだ。
そんな姿を目にして、息子の父親に対する愛情はより深くなったのだろう。
最後に父親に差し出される息子の手。
差し出された手を握り締め、自らを取り戻し、涙を流す父親。
息子が差し出した手が、惨めな父親を救ったのだ。
悲劇と絶望に溢れた、しかし、限りなく優しい名画。

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