自転車泥棒  
2008.07.10.Thu / 21:29 
「ネタバレ」あり。ご注意願います。




最後まで画面を正視する事ができなかった。
それほど、哀しみに溢れている映画。
人が死んだり、大きな災害に襲われるわけではない。
単に自転車が盗まれただけ。
しかし、それは主人公にとっては大きな悲劇であり、
そして、自分では、如何とも解決し難い深い絶望なのだ。
しかし、深い哀しみに溢れていても、この映画はまぎれもなく名画だ。
父親に寄り添う息子の優しい眼差し。
悲劇と絶望に溢れた、しかし、限りなく優しい名画。


貧困に苦しむ、戦後間もないイタリア。
2年間定職に就くことができない父親。
昔であれば、一家の家計を支えていたのは自分であった。
しかし、そんな誇りも奪われて、
今は惨めにも昼間から職安に並び、来ない職を待ちわびる。
自分は、役立たずな男なのか?
貧困にあえぐ家族を目の前にしても、なにもできない日々。

やっとあり付けたポスター貼りの仕事。
妻の嫁入り道具を質にしてまで手に入れた、採用に必要な自転車。
しかし、出勤初日に自転車は盗まれてしまう。
盗品が売られる広場に、息子や仲間を伴い、盗まれた自転車を探す父親。
しかし、売られている膨大な数の自転車から、
盗まれた自分の自転車を見つけることは、不可能に近い。

仲間と別れ、親子だけで自転車を探すことになった。
街で見かけた怪しげな人物。しかし、逆に逃げられてしまう。
決定的な証拠がなけれは、警察も味方をしてくれはしない。

いきずまった状況故に、些細なことで喧嘩を始めた親子。
息子を橋のたもとに残し、一人で自転車を探し始める父親。
しかし、川で子供が溺れているとの叫び声。
急いで戻ってみると、それは自分の子供ではなかった。安堵する父親。
さっきまでは息子を邪険にしてきたのに、
急に息子に優しくなる父親が、なんともかわいい。

きっと、自分の良い所を見せたかったのだろう。
父親は息子をレストランに連れてゆく。
父親にしては精一杯の見栄だったのだろう。
しかし、自分の周りのテーブルは、自分のテーブルよりは遙かに豪華。
それを気にする息子。
ポスター貼りの仕事さえ続けることができたのなら、
自分たちだって、あの人たちの仲間入りができる。
それは、父親にとっては自らの誇りを取り戻し、
家族が幸せになることを意味している。

遂に犯人らしき男を見つけた。
しかし、決定的な証拠がなけれは、誰も味方になってはくれない。
逆に、故なき疑惑を掛けられたとして、皆が犯人らしき男の味方をする。
遂には、追い返されてしまう親子。

他人が盗むのなら自分も盗むしかないのか?
激しい葛藤の末、ついには他人の自転車に手を出してしまい、
そして捕まる父親。
その一部始終を目撃する息子。
父親は、大勢の人に囲まれて警察に突き出されそうになる。
しかし、最後まで泣きながらも懸命に父を呼ぶ息子。
最後に父親は許されて、人ごみに消えてゆく。

父親が盗みに失敗したのは何も偶然ではない。
冒頭、父親が自転車を盗まれた時の鮮やかな手口。
それは、彼らが盗みを生業としていることを意味している。
それまでは善良に暮らしてきた父親が、盗みの技術なんて持ち合わせているはずもない。
父親にとって盗みは不可能なのだ。


最後まで正視に耐えられないのは、なにも、
この映画が悲惨な話だからだけではない。
この映画は特殊な状況を描いているように見える。
しかし、いつ、誰の身に起きても不思議ではない物語なのだ。
確かに今の日本は豊かで幸せな生活を送ることができる国だ。
しかし、それがいつまで続くのか、いつかは崩れるのではないのか?
そして、脆くも豊かさが崩れ去った時、果たして自分は、どうすればいいのか?
職を失い、家を失い、路頭に迷わないという保証は誰も、してはくれない。
そんな不安を抱えているからこそ、この映画は身につまされてしまうのだ。



誘惑に負けた情けなさ。
犯してしまった罪への後悔。
何一つうまくいかない自身の人生への哀しみ。
そして、すべてを息子に目撃されてしまった惨めさ。
呆然自失で帰途につく父親。それに寄り添う息子。

家族の為に、懸命に自転車を探し、盗みまでしてしまった父親。
息子にとっては、確かにショックであっただろう。
しかし、父親の気持ちは良く分かる。その苦しみも。
父親の弱さを見てしまった。情けない姿も見てしまった。
しかし、それらはすべて家族のため、そして、息子自身のため。
それは、一人の人間としての、父親の生の姿なのだ。
そんな姿を目にして、息子の父親に対する愛情はより深くなったのだろう。
最後に父親に差し出される息子の手。
差し出された手を握り締め、自らを取り戻し、涙を流す父親。
息子が差し出した手が、惨めな父親を救ったのだ。
悲劇と絶望に溢れた、しかし、限りなく優しい名画。
* テーマ:映画感想 - ジャンル:映画 *
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