ゴジラ (1954)  
2008.09.29.Mon / 04:59 
「ネタバレ」あり。ご注意願います。




一級の娯楽特撮映画でありながら、深いテーマを持つ映画。
そして圧倒的な恐怖と静かな怒りを湛えた映画。


戦後間もない日本。
物質的には戦災からの復興を遂げてはいるが、しかし、
精神的には戦争の悲劇を払拭出来ないでいる日本。
そんな日本に現れたゴジラ。

圧倒的な破壊力で東京を焼き尽くし、
日本人に戦争の悲劇を再び呼び起こす。
けれど、ゴジラもまた水爆の犠牲者なのだ。
しかし、オキシジェンデストロイアによって葬られるゴジラ。
戦争における唯一の被曝国、日本。
しかし、ある政治家は、あれは仕方のなかった事だと発言したと聞く。
言わずもながらではあるが、それはとんでもない発言だ。
戦争とは相手を自らの意に従わせるために、相手国を弱らせ、
相手国の国民を殺し、相手国の国土を破壊するために行われる。
そして、度し難い事にそれら非道は全て正当化されてしまうのだ。
「日本が降伏しないから、」
「これ以上の犠牲を出さない為」
それらは戦争の救い難い間違った理屈の上に成り立つ論理なのだ。
オキシジェンデストロイアの使用に苦しみ、
使用後は自らと共にそれを葬った芹沢博士。
しかし、原爆を落とす事を決めた人々は、
果たして原爆の使用に際して芹沢博士のように苦しんだのだろうか。
使用後に自らの命を断つほどの覚悟で臨んだのか?
自らの死という究極の選択とまではいかないものの、
これを最後の使用として、
使用後に原爆開発の全てを葬る気持はあったのだろうか?

ゴジラは一体何の象徴なのか。
様々な人が様々な答えを持つだろう。
多分、この映画は最初は明確なテーマは意図されず、
娯楽映画として企画されたように思える。
しかし、制作が進むうちに、製作者サイドが、
無意識のうちに様々な想いを込めて創ったように感じる。
戦後の復興を果たした日本。
しかし、世界からは戦争は無くならない。
恐ろしい兵器は、更にその恐ろしさを増し、増え続けている。
今眼の前にある平和はいつ無くなるかわからない危うい偽の平和なのだ。
だから、いつかとんでもない事が怒り、
この偽の繁栄は吹き飛び去り、
戦時の悲劇が再びくりかえされるのではないのか、、
そんな日本人の潜在的な恐れ。
ゴジラの来襲とはそんな無意識の恐れを象徴しているように思える。

あれが最後の一匹とは思えない。
この台詞から感じるのは静かなる怒りだ。
ゴジラを葬っても実は、なにもかわらない。
戦争も水爆もなくならない。
可哀想なゴジラを犠牲にして得られた平和は、やはり偽物なのだ。
このままでは、いつの日か、それは簡単に吹き飛んでしまうのだろう。
圧倒的な恐怖と静かな怒りを湛えた映画。
* テーマ:映画感想 - ジャンル:映画 *
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