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  おくりびと  
2010.01.07.Thu / 21:49 
「ネタバレ」あり。ご注意願います。






自身の生き方に迷っていた男。
失業、妻への隠し事、新しい職での差別、そして別居。
自分を捨てた父親への複雑な愛憎。
自身が目にする様々な人の様々な人生の終着。
それを見送る人々の様々な気持ち。
死に向かって懸命に生きることには、はたして意味があるのか?
大きな思想から、そして身の回りの出来事から、男は自身の人生を考える。

曖昧に生きてきた男が、様々な事に決着をつけ、
最後に取り戻す、父親の素顔。
その時、彼は人生というものを悟ったのではないのだろうか?
息子として、父親として、そして、納棺師として。
人生に迷っていた男が、その答えを見つけるまでを描いた映画。




なんともおぼつかない日々を生きてきた。
チェロリストを辞めて故郷に帰ってきてからの日々を、そう振り返る大悟。
しかし、私には、この、おぼつかなさは、
ずっと以前から、続いていたように感じる。
定職に就き、家庭を持てば、
その安定と安心の中で自分の不安は消えていたのだろう。

楽団が解散になった時、楽団員の中では一人だけ戸惑いを感じていた大悟。
他の周りの人は、すでに覚悟を決めていていたかのように見えた。
次の就職先を、すでに決めている楽団員も居たかもしれない。
しかし、大悟だけは戸惑っていた。
多分、大悟も気付いていたはずなのだ。
楽団が解散するという日が直ぐに来るということを。
それでも彼は、そんなことから目を背けていた様に思える。
自身に楽団を代わるだけの技術が無いから。
いや、チェロリストとして人生を全うするだけの自信がないから。
この職が天職だとは、思えなかったから。
大悟は、すべての気苦労を自分で抱え込んでしまう男だ。
高価なチェロを購入した時も、納棺師になった時も。
けれど、妻に内緒にしたのは、そればかりではないように感じる。
それは、彼の自信のなさの表れだったように思える。
チェロを手放した時に感じた安堵感、
階段の踊り場で一人悩む彼の姿に、そんなことを感じる。

納棺師として就職してみても、先行きは見えない。
本当にこの仕事を続けられるのか?
一体、自分は何を試されているのか?
この先、どうなってゆくのだろうか?
死に向かって懸命に生きることに意味があるのか?


正確でいて、優雅。
冷静でいて、優しい、そして、美しい。
死者と残された者たちに対する慈愛と敬意。
納棺師の一挙手一投足には、大悟でなくとも魅せられる。
自分が死んだら、
このように送って欲しいと思わずにはいられない。
そんな佐々木社長の姿に魅せられ、
妻との別居の中でも、納棺師の仕事を続ける大悟。
多分、大悟は、チェロに対しても同様な美しさを感じた経験が、
過去にはあったように思える。
しかし、時が経ち、そんな感動も失われてしまったのではないのだろうか?
それでも、チェロを求めてしまうのだろう。
そして、納棺師の仕事を続けているのだろう。
その先にある、何かを求めて、、、

「美味しいんだよ、困ったことに。」
世の中には、したくは無いことが沢山ある。
葬式なんて、したくはない。
他の生物の命を搾取して、自らの食にすることも、本当はしたくは無い。
避けたいことなのに、しかし、
その中に自らの欲するものを見つけてしまった男たち。
美味しい食べ物、様式美に溢れた納棺。
確かにこれは、困ったことなのだ。
しかし、それでも、それらは人が人として必要なこと。
無いよりはマシ、などというレベルを遥かに超えて、それらは必要な事なのだ。
それでも、「困ったことに。」を意識することが、
自身の人生を豊かなもにするのではないのだろうか?

遂に父にめぐり合う大悟。
ダンボール一個しか残せなかった人生。
この人の人生はいったい、何だったのだろう。
しかし、息子に注いだであろう愛情、そして、自分自身の今。
先ほどまで無駄に見えた父親の人生が、しかし、
自分の存在により、価値のある物に昇華されたのだ。
その想いは、まだお腹のなかにある孫にも伝わることだろう。
納棺師とは、まさに、そのような想いを人々に伝える仕事なのだろう。


曖昧に生きてきた男が、
大きな思想の中から、そして身の回りの出来事から、人生を悟る。
人生に迷っていた男が、その答えを見つけるまでを描いた映画。


様々な所で悪評を目にする、この映画での広末さんの演技。
しかし、私には、それほど悪いとは思えなかった。
夫の仕事ぶりを目のあたりにして、
納棺師の素晴らしさを知り、
そんな職業に偏見を持っていた自分を恥じ、
夫の選んだ仕事を認めてゆくという感情が、
キチンと伝わってきたと思う。
ラスト付近の「夫は納棺師です。」という台詞の重みも、
父をおくる夫を見つめる眼差しの暖かさも、
十分感じ取ることができたと思う。
惜しむらくは、「けがらわしい」という台詞の唐突さ、であろうか。
これは、台本にも難があったように思う。

山崎努さんは言うに及ばす、山田辰夫さんが見事。
それ故に非常に残念でなりませんでした。
* テーマ:映画感想 - ジャンル:映画 *
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COMMENT TO THIS ENTRY
- from YAN -

ヤンさん、今年もよろしくお願いしますね★
どうでしたか、この作品はヤンさんのお気に召したでしょうか?

もっくんがだんだんと自信を持って、
納棺という儀式を美しく執り行うところが好きです。
最後の父親のエピソードまでムダのない作りで、
ずっと死の話だったけど、そこで生が輝いて見えました。

ところで、「アバター」へのコメントの中で
「争いを回避する名作」と言っていたのは「もののけ姫」の事ですか?
最初から最後まで真剣に見た事がないので分からなかったんですが、
たまたま昨日テレビで放映されていたので、最後だけ観て(また途中は観てない)、
なんとなくそんな気がしてきました。

2010.01.09.Sat / 15:26 / [ EDIT ] / PAGE TOP△
- from ヤン -

YANさん、こんにちは。
今年もよろしくお願いします。

生涯を賭ける仕事のことや差別、
死生観や親子愛、そして夫婦愛、と、
さまざまなテーマが盛り込まれた、
味わい深い作品でした。
そうですね、死を描くということは、
とりも直さず、生きることを描くこと、
でしたね。

ちょっとネタばれになってしまうので、
細かくは書きませんでした。
(あいまいな書き方ですいません。)
そうです、「もののけ姫」も、私が思っていた作品の一つです。
結構設定も似ていましたしね。
思うに、アバターって、意図的なのか、
偶然なのか分かりませんが、
ジブリの作品群に似ているというか、
影響を受けているというか、、、
そんな気がしました。ラストは別ですが。

 それじゃ、また。

2010.01.10.Sun / 17:23 / [ EDIT ] / PAGE TOP△

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