ドクトル・ジバゴ   
2010.06.24.Thu / 22:14 
「ネタバレ」あり。ご注意願います。






時代に流され、戦争に翻弄された男。
それでも、二人の女性を強く愛し、
過酷な時を生き抜いた男。
信念や主義主張以上に生きるために必要なこと。
それは愛する者たちへの強い想い。
そんな想いを支えに過酷な時を生き抜いた男を描いた映画。
そして、争いや憎しみが、すべてを押し流そうとしたとしても、
押し流せないものが、確かにこの世界には存在する。
母から息子へ、そして、その孫娘へ。
才能と同時に命は受け継がれてゆく。
時代に流されざるをえない、人間というものの小ささ。
しかし、時代が奪うことができないものを持つ、
人間というものの大きさ。
そんな人間の大きさを描いた映画。


第一次世界大戦、そしてロシア革命。
価値観や思想が大きく変化した激動の時代。
そんな時代を医者として生き抜いた男、ジバコ。
ある時は従軍医師として、戦場の死傷者を治療し、
ある時は家族の長として、家族を疎開させ、
ある時はレジスタンスに拉致されて、望まぬ戦場をさ迷う。
彼が最後まで生き延びることが出来たのは、
運が良かったというのもあろうが、
愛する者たちと再会するために、
生き延びたいと強く願ったからでもあろう。
レジスタンスの軍勢から脱走し雪の草原をさ迷うジバコ。
もし愛する者たちの存在がないのであれば、
彼はそこで死んでいたことだろう。
劇中、コマロフスキーは言う、男には二通りある、と。
一方は高潔で純粋な男。しかし夢や希望では胃袋を満たせはしない。
もう一方は高潔ではないが生きる術を心得ている男。
けれど、人間というものはそんな単純な生き物ではない。
高潔に生きようとして、生きたいと願いながらも
しかし道を踏み外してしまう自分の弱さや汚さに嘆き苦しむ。
それらが、たとえ仕方の無いことであったとしても、、、、
けれど、人は決して高潔に生きることを諦めてはいけないのであろう。
しかし、人の弱さ、汚さを受け入れ、
それを当たり前だと嘯くコマロフスキー。
やってきたことは似ているのかもしれないジバコとコマロフスキー。
けれど、受け入れるか、苦しむのかの差はとても大きい。
だからこそ、ジバコは最後のコマロフスキーの救いを拒絶したのだろう。
たとえ愛する人と別れ別れになるとしても。


時代の大きな流れの中では、
人間という小さな存在は流されるしか術が無い。
職を失い、家を失い、最後には家族や愛する人をも失ってしまう。
最後に彼に残されたのは淡い思い出と兄の援助。
過去に追いすがろうとし、
ひっそりと寂しくも一人静かに死んでいったジバコ。

バラライカの名手であったジバコの母親。
そして、ジバコの娘と思わしき女性も、やはりバラライカの名手。
時代に流され、全てを奪われたと思ったジバコの人生。
しかし、彼は後世に自らの宝物を残すことができた。
それは、母親が遺してくれた才能。
そして、愛する人との間にできた命。
それらを遺すことができたのは、
ジバコが動乱の時代を懸命に生き抜いたからであろう。

時代に流されざるをえない、人間というものの小ささ。
しかし、時代が奪うことができないものを持つ、
人間というものの大きさ。
そんな人間の大きさを描いた映画。
* テーマ:映画感想 - ジャンル:映画 *
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