都会のアリス  
2003.06.27.Fri / 20:36 
「ネタバレ」あり。ご注意願います。

人生や現実とは、
まるで、容赦のない大きな時間の濁流
そんな濁流の中で、空回りし、自分を見失った男
そして、心のよりどころを見つけられない少女

探すものはなんでもいい
とりあえずの目的があれば
少しの間だけど、濁流を止めることができた
そして、そのような時に見つけることができた、小さな幸せ

しかし、無常な濁流は、静かに、再び流れ始める。


映画の冒頭、何かに疲れて自分を見失っていたフィリップ。
何に疲れているかは、映画では明確に述べてはいないようです。

どこまでいっても同じ風景。
その中には自分がいない。それを写している自分にも、自分がいない、、
もしかしたら、フィリップは自分を探すのに疲れて、
自分を見失っているのかも知れません。
また、自分が思い描いていたアメリカを見つけることができなくて、
絶望していたようにも思えます。
親の都合で、いろいろなところをつれ回されているアリス。
どうも、母親を含めた自分の周りの大人たちは、
頼りにならないことを子供心に感じているようです。

自分を見つけたいフィリップと、心のよりどころを見つけたいアリス。
似た物同士のこんな二人が出会い、そして一緒に旅をします。

アリスを邪魔に思いつつも、ほっては行けなかったフィリップ。
しかし、警察に預けたはずのアリスが戻ってきた時、
ここからは、フィリップはアリスを全面的に受け入れ、とても優しくなります。
そして、一応はおばあさんの家を探しているようですが、
それまでと違って、真剣に探しているようにも見えません。

いろいろと理由は推測できます。

アリスを邪魔に思ったのは、はやく自分の仕事を再開したかったからなのですが
文章がかけないフィリップに対して、アリスは「いたづら書き」と揶揄します。
所詮はその程度の仕事と、人生を達観できたのかもしれません。

また、締め切りに追われるのではなく、
意味の無いことに費やす時間がいとおしくなったのかもしれません。

アリスに頼られることに幸せを見出し、そこに自分を発見したのかもしれません。


アリスが早朝に家を出たがったのは、
フィリップに恋ごごろを抱いたからかもしれませんが、
私には、アリスが二人の関係が壊れてしまうのがいやだと思ったから、
なのではないかと思いました。
それは、母親との関係で、母親に男ができて、
いつもアリスが経験してきた喪失と同じようなものを感じたからなのでしょう。

映画の中では、お互いが、自分の現実には無いものを求めてさすらっています。
現実の人生では交わることの無い相手に、現実の人生とは関係ない時間の中で、
自分の求めているものを見つけたようなのですが、
しかし、最後には現実に捕まってしまいます。

この映画は、見終わった後、とても優しい気持ちにさせてくれます。
しかし、同時に、なぜか、とても不安でさびしい気持ちにさせられます。
それは、映画の中における旅、彼らにとっての居心地の良かった時間の終わりが
近づいていることを、見ている私たちが分かっているからだと思います。

なんとなく、過ごしていると分からなかった事、
現実の厳しさ、むなしさ、つまらなさ、
そんな、気づいてはいけないことを意識させられる映画のような気がしました。
そして、意識するからこそ、つまらないことにも優しくもなれる。
そんな映画のような気がしました。
* テーマ:映画感想 - ジャンル:映画 *
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