市民ケーン  
2011.07.21.Thu / 21:45 
「ネタバレ」あり。ご注意願います。






人が羨むほどの富を人生の最初から持っていた男。
しかし、その人生は人が羨むほどには幸せではなかった。
全てを手に入れたはずだった男が、
全てを失った時に、悟った人生の真実。
それは、自分を幸せにしてくれる人の大切さ。
しかし、それに気づくには、遅すぎたのだ。
野心溢れた男の悲劇、その末路が印象的な映画。


ストーリーとしては、よくある話かもしれない。
登場人物が丹念に描かれているわけでもないように思える。
けれど、時間軸を見事に構成したストーリーの素晴らしさ。
陰影とフォーカスを生かした画面構成の美しさ。
薔薇のつぼみというキーワードを生かした展開の見事さ。
象徴的で印象に残るシーンの数々。
それらが、この映画を不朽の名作にしている。
映画の技法の土台を築いたと言われている映画。
その技法が堪能できる映画。




幼き頃から、巨額の財産を所有していた男、ケーン。
他人から見れば羨ましくも妬ましい存在ではあるが、
陽気で快活、魅力に溢れた男に見える。
しかし、内面に多くの矛盾を抱えた男であり、
自身が何を求めているのか、分からない男でもある。
幼き頃、体罰を繰り返す父親から引き離すために、
母親によって、養子に出されたケーン。
母親は、純粋に息子の幸せを望んで、そのように選択した。
けれど、その選択が、息子の人生を不幸なものにしてしまう。
これにより、ケーンは、何が自分を幸せにしてくれるのか、
それを見失ってしまったのだろう。

青年の頃のケーンは、
若さ故の陽気さ、快活さ、豪放さ、野心に溢れた男に見える。
それと同時に、その野心を満たすほどの才能と知性にも溢れている。
今の自分に飽き足らず、新聞というメディアに没頭し、
自身の乾きを癒すかのごとく、さらなる名声を得ようとする。
しかし、新聞王となっても、その渇きは癒されない。

高いプライドと見栄。
不可能はないと全てに挑んでいく無謀とも思える姿勢。
他人に屈するのを潔しとせず、
しかし他人の目を気にし、自分を良く見せたいと欲し、
自身が持っていると錯覚している名声が傷つくことを恐れる。
有名になり、巨大な存在になったと錯覚すればするほどに、
身動きが取れなくなる。
幸せになれる選択は、ケーンの人生で沢山あったのだろう。
けれど、それらが、彼を最後には孤独にしてしまう。

政略結婚であったかもしれない。
けれど、ケーンは最初の頃は妻を愛していたように見える。
その愛を大切にすれば幸せになれたかもしれない。
しかし、徐々に失われていく夫婦の会話。

ケーンがスーザンに魅かれたのは、
自分を普通の人間として愛してくれたからであろう。
それに気づけば、まだ、幸せを得られたかもしれない。
しかし、世間に自分を良く見せたいが為に、
才能が無いスーザンに歌手になることを強制してしまう。


裕福なはずなのに、裕福な人々を目の敵にする矛盾。
スーザンに歌を歌わせ、酷評の記事を自ら仕上げる矛盾。
芸術品を買いあさるものの、鑑賞するどころか封も開けない。
それらは、若い頃であれば、ケーンの魅力に見えた。
けれど、年をとれば、それらは醜い自己中心的なわがままにしか見えない。
成熟することなく年を取ってしまったケーン。
それは、
愛を知らないまま、闘争を続けてしまったからか?
自らが追い求めたものが分からなかったからなのか?
望まぬ富を所有させられ、金持ち故にわがままが許されて生きてきたからなのか?
豊かな才能と知性故に、挫折知らずの青年時代を過ごし、
自身を振り返る機会を失ってしまったからなのか?
多分、それら全てが理由なのだろう。
そして、全てを失って、取り返しがつかなくなってから、
自分を幸せにしてくれる人の大切さに気づいてしまったケーン。

薔薇のつぼみとは、幼き頃の幸せな記憶の象徴であろうが、
同時に、ケーンの自身の人生に対する強い後悔の想いが込められた言葉なのだろう。

野心溢れた男の悲劇、その末路が印象的な映画。

* テーマ:映画感想 - ジャンル:映画 *
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