影武者   
2011.08.05.Fri / 18:26 
「ネタバレ」あり。ご注意願います。






戦国時代に巨大な光を放った武将。
その武将が築いた、戦国時代最強の騎馬軍団。

しかし、影は光が無ければ存在しえない。
その光が失われたとき、
その弱さが図らずも露呈し、
滅びの道を突き進む。

最強と謳われた軍団の強さと弱さ。その表裏一体さ。
影武者として生きた男の数奇な運命よりは、
組織というものの、宿命的な儚さが印象的な映画。




戦国の時代の名将、武田信玄。
戦国時代の覇者である信長が唯一恐れた男。
しかし、不覚にも上洛の途上で命を落とす。
そして、「私の死を三年間隠す事。」
その遺言から悲劇は始まる。

この遺言を、まっとうに考えれば、
自らの死を隠した三年間で、
次世代のリーダーを中心に組織を再構築し、
外敵に備え、再度の上洛を果たせ、
という意味であっただろう。
しかし、そこにまでに想いが至らない侍大将たちと、
次のリーダーである武田勝頼。
彼らは、純粋に信玄の遺言を実直に守ることしか考えない。
失われた光に心を奪われ、滅亡への道を歩んでしまう武田家。
長篠の戦の直前、自らの死を覚悟した侍大将たち。
一見すると無能な男を大将に頂いてしまった侍たちの悲劇にも見える。
けれど、彼らにも落ち度が無かったわけではない。
3年間の間、実直に信玄の遺言を守り、
それ以上をしなかったこと。
信玄の生前であれば、それでもよかった。いや、
むしろ、実直に信玄の言うことを実行することが、
軍団としての強さにも繋がったのだろう。
けれど、状況が変わればそれに対応していかなければならない。
組織として、軍団としては、柔軟性に欠け硬直した状態だった。


武田軍の強さ。
それは、信玄の存在が支えている。
それが分かっているからこそ、
皆がまさに命を投げ出して信玄を守る。
それに応えるがごとく信玄は動かない。
だから、皆が安心して戦えたのだ。
けれど、その強さが、すでに失われてしまっているにもかかわらず、
実直に信玄を守り抜こうとする家臣たち。
それこそが、彼らの強さであり、弱さなのだろう。

父親に怯え、嫉妬し、自分を認めて欲しいと願っていた勝頼。
それは、とても複雑な心情であっただろう。
そして、父親が死んだ今、その思いは誰にもぶつける事が出来ず、
誰にも救ってもらえずに、破滅の道を歩んでしまったのだろう。
長篠の戦に赴く前に、重臣たちに諌められる勝頼。
彼が無能だから重臣たちを無視した、というよりは、
父親の影に怯え、それを払拭したいという思いが、
彼を無謀な戦いに赴かせたように思えてならない。

この映画は、影武者として生きた一人の男の数奇な運命を描いた映画かもしれない。
けれど、それにしては、ストーリーが弱すぎるように感じられる。
いつ、正体がばれるのか、そんな緊迫感。
それを気転をきかせて乗り切る爽快感。
それらが、どうにも弱かったように思える。
むしろ、偉大な男を失い、過去の栄光に目を奪われ、
型にはまってしまい、柔軟性を失ってしまった組織の悲劇が印象的だ。

各背景が絵画のように美しく、
スローモーションで描く様々なシーンは、情緒に溢れている。
もし、影武者の数奇な運命を描くのであれば、
もっと躍動的なシーンが必要であっただろう。
美術的、絵画的な美しさを持ったこの映画からは、
そんな躍動感よりは、滅びゆく者の儚さや哀れさを感じてしまう。



強さとは、成熟すれば、朽ちてゆくのみ。それが、宿命なのだろう。
そして、その組織の強さとは、状況が変われば弱点にもなりうるのだろう。

最強と謳われた軍団の強さと弱さ。その表裏一体さ。
影武者として生きた男の数奇な運命よりは、
組織というものの、宿命的な儚さが印象的な映画。
* テーマ:映画感想 - ジャンル:映画 *
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