川の底からこんにちは  
2011.12.08.Thu / 20:44 
「ネタバレ」あり。ご注意願います。






自分を卑下し人生を捨てたように生きてきた女性。
それは自らの愚かしさを直視するのが嫌だったから。
だから適当に誤魔化して生きてきた。
そうして、自分で自分を守らなければ生きていけなかった。
それは、自分が自分を否定してしまえば、生きてはいけないから。

しかし、
自分を肯定してくれる人の存在を知った時、
他人が自分を大切に思っていることを知った時、
汚い自分を直視し、
受け入れることもできるようになったのだろう。

それは、俗に言う、開き直り。
一度や二度の失敗は誰もがすること。
誰もが実は失敗をするものなのだ。
威張って生きていても、所詮誰もが中の下。
誰もが大した人生を送ってはいない。
人は生きてること自体が恥ずかしい存在なのだ。
だから、駆け落ち失敗なんて、たいしたことじゃない。

本気で生きていれば失敗なんて問題ない、恥ずかしくもない。
開き直った女は、本当に強い。そしてカッコいい。
そんな女性のカッコよさが光った映画。




しょうがないです。どうせ私は中の下ですから。
そう言って何事に対しても執着せず、諦めてきた女性、佐和子。
恋人に振られても、恋人に騙されても、
会社で粗末に扱われても、しょうがない、で済ませてきた女性。
佐和子が故郷を捨てた理由。
それは駆け落ちに失敗したから。
佐和子にとっては、それは振り返るのも厭な痛い失敗。
その過去に向き合いたくはない為に佐和子は故郷を捨てたのだろう。
そして何事も諦めてきたのだろう、しょうがないを連発しながら。
しかし、父親の病気と恋人の勝手な行動で、
振り替えざるを得なくなってしまった。

周りに白い目で見られても、仕方ない、
恋人に去られても、しょうがない、
で済まそうとしてきた。
しかし、とても辛くて寂しくて、心が痛い。
けれど、病床に居たはずの父親が精一杯の力で佐和子を庇う。
娘の何が悪いんだ、と。
そんな父親の必死の思いに勇気づけられる。

誰もが皆、何かしらで失敗している。
人は恥ずかしくも愚かしい生き物。
だから、胸を張って言える、自分は中の下であると。皆同じであると。
そう、工場のおばさんに宣言をする佐和子。
佐和子には、まだ心の中に照れや、
何かしらのしがらみがあったのかもしれない。
けれど、佐和子は開き直った勢いで突き進む。

自身がどん底、中の下であることを受け入れた時、
それは、もう、上りあがるしか道が無い。
これ以上は落ちれないのだから。
もう、頑張るしかない。成り振り構っていられないのだ。

カッコつけてたらか嫌われた。
けれど、真剣に向き合えば皆もわかってくれる、
だから、受け入れてくれたのだろう。

佐和子が作った社歌が面白い。
彼女の勢いが乗り移ったかのような歌だ。


一生懸命に生きていれば、失敗の一つや二つはある。
それは、恥ずかしい事ではない。
なぜなら、真剣に思い切りやった結果なのだから。
失敗しても胸を張って言えるだろう。
所詮、私は中の下、であると。
それは、映画の冒頭で発せられた諦めのセリフとは、
180度間逆な気持ちから発せられた言葉なのだろう。

ラストでは恋人も帰ってきた。
嬉しいのか、怒っているのか、気持ちを持て余している佐和子が可愛い。
多分、昔の佐和子ならば、そんな感情も心の底にしまい、
しょうがない、で済ましてきただろう。
けれど、本気で生きている佐和子は成り振り構わず、
自身の感情を相手にぶつけたのだろう。

開き直った女は、本当に強い。そしてカッコいい。
そんな女性のカッコよさが光った映画。
* テーマ:映画感想 - ジャンル:映画 *
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